第32話 屋敷まで、エスコート
馬車が止まった時には夜の帳が下りていた。先に馬車を下りたイスバートは周囲を警戒し、アヴェルスはソワールへ手を差し伸べた。
「お手をどうぞ」
「ふふ、夢みたいだ」
「?」
町はずれの景観にそぐわない豪奢な門を潜り、見事な庭園に目を奪われつつ歩みを進めると、時間帯と背後の森が相まってかおどろおどろしい雰囲気を醸し出した屋敷が見えて来た。
ビノーコロを先頭に俺と殿下、その後にイスバートさんが続いた。
周囲にも仮面をつけた人々が屋敷へ向かって歩いていて、なんとなく人波に従って屋敷の入り口へと向かう。
「仮面読書感想会へようこそ」
入り口で片目に揃いの仮面をつけたメイドたちが頭を下げて参加者たちを迎えている。
屋敷の中へ入ると、大きな長テーブルがいくつも並んだ広間へと通された。
「ここでお持ちいただいた本をお預かりいたします」
メイドたちの説明によれば、ここで本を預け帰りに持って来たものとは異なる本を土産として持たされるようだ。
本を預けた者は次の間へと通された。そこには壁付けされたテーブル。そこにはしわ一つない白いテーブルクロスがかけられ、一皿一皿が作品のような芸術めいた料理が小皿に取り分けられて置かれていた。他にも、グラスに注がれた飲み物がグラスハープのように美しく並べられている。
広間の中央には豪奢な応接セットがいくつも用意されていて、自由に歓談できるようになっている。天井にはシャンデリアが点々としており、真ん中に特別大きなシャンデリアが輝いていた。
感嘆を漏らし放心している参加者もいれば、慣れた様子で酒の注がれたグラスを手に取りソファへ腰を下ろす者もいた。
「お集りのみな様、今夜は仮面読書感想会へお越しいただきありがとうございます」
一人だけ両目を隠す仮面をしたメイド長と思しき女性が頭を下げると、参加者みなの視線がそちらへと向いた。こういった場合挨拶をするのは主催者のような気もするが、正体不明の主催者は例え仮面をつけていても人前に姿を現すことはないらしい。
「今日この場では、年齢も身分も隔たりなく、読書を愛される方がお好きな本についての感想を思う存分歓談していただきたく存じます」
彼女は笑顔を見せることなく淡々と告げた。それがまるで操り人形のようで少し不気味に感じられた。
「みな様は自由にご歓談、お食事をしていただいて構いません。ただ、本当の名を名乗るのはお控えください。お知り合い同士で参加されている場合であっても、呼び方にはご注意ください。名前だけでなく、その方がどこの誰であるのかがわかるような呼び名はお避けください」
なるほど。なら例えば殿下のことを「殿下」や「ソワール様」と呼ぶこと、俺が「アヴェルス」や「書庫の番人」と名乗ることは出来ない、ということだ。けれどビノーコロやイスバートさんは殿下が書庫の番人として名づけた名なので名乗ることは可能だし、俺が彼らをいつも通りに呼ぶことは問題ない。
「日が昇ったらお開きとなります。お帰りの際は私どもメイドから三冊の本を受け取ってお帰りくださいませ。それでは、仮面読書感想会をお楽しみください」
ふたつの条件を守れば誰でも参加出来るのがこの仮面読書感想会、当たり前だが老若男女も様々で、話し方で異なる身分の者が同じ場に集っていることがわかる。
「じゃあここからは自由行動にしよう。僕について来たければついて来ていいし、他の参加者と本の感想を語りたいのならそうしてくれて構わないよ」
殿下の言葉を最後まで聞かずにビノーコロは傍にいた老紳士に声をかけていた。好きな本について語りながらビノーコロは杖をつく彼を近くのソファへエスコートした。
「あれは放っておきましょう。私は傍におりますから」
「うん…うん?」
ソワールの傍から離れまいとするイスバートだったが、ドドドドドともの凄い地響きのような音が彼の背後に迫る。
「あ、あの『海に浮かぶ林檎』についてお話しませんか?」
「ちょっとあなた、私が先ですわ。あなたのことは何とお呼びしたらいいかしら?」
「長髪の美しいあなた、『彼方なる原点』をご存知?」
みるみるうちにイスバートは女性参加者たちに囲まれてしまった。聞こえた本のタイトルはどれも書庫にあったものだから彼なら感想を述べることは出来るだろうけど…
「あっという間に人気者ですね」
「服装が彼を引き立てすぎたようだね」
視線だけで助けを求めるイスバートだったけれど、面白くなってしまったソワールは彼をそこへ置いて行くことにした。
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