第36話 解ける誤解
城へ戻ったソワールは、今夜起こった騒動について兵から全てを聞かされた兄のオーブに迎えられた。
「嗚呼ソワール、どこも怪我していないか?」
オーブはどこにも怪我や異常がないか確かめるようにソワールの身体に触れてから、無事だとわかると強く抱きしめた。
「よかった」
捕まったサンピティエは、自分が国王陛下と王弟の仲が悪くなるよう仕組んだと白状しているそうだ。というのも、王弟であるソワールが謀反を起こし、自分の尊敬する国王陛下やそのご子息たちを惨殺するのではないかという恐怖に取りつかれたという。
彼が前国王に側近として仕えていた頃に、そのようなことが起きて謀反に失敗した王弟が処刑されている。それでもお后様はその王弟に殺され、最愛の妻を失った王も後を追うように病に倒れ亡くなってしまった。残されたのは彼らの息子。兄のオーブと弟のソワール。
「即位した私の側近となったあいつは、王弟であるお前の存在を恐れていたそうだ」
しかしサンピティエは賢い男だった。ソワールに直接危害を加えず、長年嫌がらせをし続けていた理由は、ソワールを追い込んで自ら命を絶ってもらうためだった。
彼の策略でまんまと互いに嫌われていると勘違いしたオーブとソワールだったが、ソワールの孤独は計り知れないものだっただろう。幼いうちに死んでくれると思っていたが、なかなかしぶとく生きるものだから王弟というのはつくづく嫌な生き物だと最後まで罵っていたらしい。
「サンピティエを…信頼し過ぎていた。お父様やお母様に仕えていたから、疑うことをしなかった。いや、違うな。誰に何を言われても、私がお前と向き合おうとしていれば、こんなにも悲しい誤解は生まれなかった」
もう一度ソワールを抱きしめたオーブは、「すまない」と消え入りそうな声で告げた。
「よかった、兄様に嫌われていなくて」
抱きしめられたソワールも、兄の背中に手を回して涙を流した。
互いにずっと嫌われているとあの側近によって思わされて生きて来た兄弟の誤解は、涙となって解けたのだった。
その様子を静かに見守っていた三人の書庫の番人。その一人、イスバートが険しい表情で手を挙げた。
「失礼ですが陛下、殿下を狙う者は他にも存在するとあの男が言っておりました」
「そうか。あいつに尋問させても…」
「ええ、きっと吐かないでしょう」
サンピティエと同じように王弟という存在を恐れ、消そうと企んでいる者がまだいるのだ。それはあくまでも国王であるオーブとその后、そして子息を守るためという彼らの正義心からだった。
「恐れは時に人を狂暴にします。首謀者であった彼がいなくなった今、新たな首謀者が生まれてしまうかもしれません」
どうすればソワールの無事を得られるのか。その場にいる誰もがその答えに辿り着いていた。それでも、その答えがあまりにも悲しい決断であるだけにオーブは言葉に詰まってしまっていた。
その様子を見て、ソワールは兄を気遣うように自らその答えを提案した。
「これからも王弟としてこの城――いや、この国に居る限り僕の命は狙われ続けるでしょう。これまで以上の嫌がらせを受ける可能性もあります。サンピティエのように、王弟である僕がいることで人生を狂わせてしまう人が出てしまうことも、大切なものをこれ以上失うことも僕は嫌です」
一国を治める国王ではなく、たった一人の弟を思う兄として涙を流してくれるオーブにソワールは静かに告げた。
「ですから兄様、一生で一度のお願いをしてもよろしいでしょうか」
弟が何を言おうとしているのかがわかるオーブは、頷くのでせいいっぱいだった。口を開いてしまったら、情けない泣き声を漏らしてしまうから。
「僕を殺してもらえないでしょうか」
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