第20話 真里花と京子からのメール
「ん? メール?」
ロックダンジョンの調査を終えた翌日、惰眠を貪っていたルイを起こしたのは情報端末にきたメールの着信音だった。
「………本当に説得できたのか」
メールの送り主は真里花と京子。
本格的にエクスプローラーになる決心をして両親に話したらしく、最終的に両親がルイに面談を求め、その話し合いで二人がエクスプローラーになるのを受け入れるか決めたいと。
「あの状況から、どんな話し合いをしたらそうなるんだ?」
メールをみながらルイは真里花と京子と出会った時の出来事を思い出す。
ネオトウキョウに到着して手続きを終えたあと、彼女達の家まで送れば家族全員が泣き腫らした顔で出迎えた。
話を聞けば二人は学校に行く振りをして親に内緒でエクスプローラーギルドに向かったと言う。
出席してないと二人が通う学校から連絡を受け、どこに行ったか手がかり求めて家族が二人の部屋に入れば【エクスプローラーになって弟の医療費稼いできます】と言う書き置きを見つけ、エクスプローラーギルドに問い合わせたらダンジョンに向かったと聞いてずっと心配していたらしい。
ギルド側から帰還報告を受けていたのか、両親はルイが二人を家に送るまで、ずっと家の前で待っていた。
改めて事情を聞いたルイは二人に親を心配させるなと再度説教して別れて今日に至る。
「絶対に反対されると思っていたんだがな」
大事な娘がエクスプローラーになるのを受け入れようとしている。
それだけあの家族の状況が切迫しているのかもしれないとルイは思った。
ルイは少し気合いをいれて身嗜みを整えると、バギーに乗って真里花達の家に向かう。
真里花達の家があるのはセクター12/10の比較的治安の良いベッドタウンエリア。
少々町の風景とバギーが似合わないのか、運転してるのが神父姿だからか通りすぎる人達が怪訝な表情をしてこちらを見る。
「わざわざご足労ありがとうございます」
「いえいえ、お構い無く」
真里花達の家に到着すると、家族総出で出迎えてくれる。
「まずは娘達を保護して頂いてありがとうございます」
「いえいえ、頭をあげてください」
客間のテーブルにつくと、真里花の両親がテーブルに頭をつけてお礼を言ってくる。
「ん?」
「神父さん、おねーちゃん達を助けてくれてありがとう!」
カソックコートの袖を引っ張られ、視線を向けると小学校に入ったばかりの男の子が目を輝かせてルイにお礼を言ってくる。
(この子が魔力病の………)
第一印象は活発な少年と言う印象だが、ミスティックの瞳を持って少年を見れば魔力病であることがすぐにわかる。
「あの………神父さんはエクスプローラーなんですよね? 色々お話聞かせてください!!
「勇樹、今は大事な話をしているから」
「神父さんも忙しい人だから………ね?」
勇樹と呼ばれた少年はエクスプローラーに興味があるのかルイの手を引っ張って話しかけてくる。
「お父さん達とのお話が終わったあとで良ければお話しするよ。少しご両親と大切な話があるから待っててくれるかな? 指切りしよう」
「本当! 約束だよ! 嘘ついたら指切ってバイオ技術で千本に増殖してのーます!」
(ずいぶんと物騒な文言だな………)
勇樹と指切りすると、ルイが知ってる指切りの文言とは違う内容に苦笑を浮かべる。
「すいません」
「いえいえ、それよりも娘さんの今後についてですが………エクスプローラーになるのを反対しないのですか? ダンジョンであったこと聞いてないのでは?」
ルイが話を切り出すと、真里花の両親の顔に緊張と苦悶が浮かぶ。
「いいえ、全て聞きました」
「ではなぜ?」
「全て父親である私の不甲斐なさです」
真里花の父親は悔しそうに歯を食い縛り、ポタポタと涙をこぼす。
それを真里花の母親が父親を慰めるように寄り添う。
「赤の他人である私が聞くのも失礼ですが、そんなに切羽詰まってるのですか?」
「はい………下手すれば家族全員市民番号を失って一家離散する可能性もあります。真里花と京子だけでも貴方の元で生きられるなら………」
市民番号を失うと言う言葉に真里花の母親が唇を噛んで恐怖に耐えている印象をルイは感じた。
今の時代市民番号がないと買い物一つ出来ないし、人間としてすら認められない。
「真里花からお仕事について軽く聞きましたが、どういう状況なんでしょうか?」
「私はタニガワ電子と言う電子機器やシステム構築を行う独立系中小会社でエンジニアチーフをしていました」
「ほう、ずいぶんと珍しいですね」
この時代、企業と言うのは大なり小なり
「何処かに買収ても受けましたか?」
「それならどれだけよかったことか………実は社長が事故で亡くなったのです」
「つまり、跡継ぎ問題でゴタゴタしていると?」
「………それ以前の問題です。社長は猜疑心が強く、社員には内緒で不定期にセキュリティを全部入れ換えてました。事故から四日後、セキュリティが入れ替わり、我々は会社に入れなくなりました」
「うわぁ………」
「我々は社員なのに会社に入れず、警備も契約に従い新しいパスを持った者しか社内に入れないと言ってます。社長が亡くなってパスが発行できないとわかっていても契約は契約だと言って」
真里花の父親はやるせないように珈琲を飲んで深くため息をつく。
「このままだと会社が請け負っているプロジェクトの大半は手付かずのまま納期を過ぎてしまい、違約金で会社は倒産してしまいます。また契約時に結んだ企業法で我々にも違約金の返済義務が発生します」
「退職手続きとかは?」
「社長は亡くなっており、会社にも入れず何もできません。法律で正式に退職手続きをしないと転職すら認められません。死刑執行を待つ死刑囚ってこんな気持ちなんですかね、ははは」
父親は自嘲、自暴自棄な感じで乾いた笑いをする。
現在ネオトウキョウで市民番号を得るには高い税金を払うか、
真里花の両親は税金を払って家族全員の市民番号を得ていたのだろう。
現状失業に近い状態で、迫りくる違約金で市民番号を失う。
「このまま沈む船に家族を巻き込んでしまうかと思っていた時、貴方が来てくれました」
「エクスプローラーになると言う意味を知ってもですか?」
「不安がないと言えば嘘になります。ですが、このまま離散して力も後ろ楯もないままストリートに落ちるよりはマシかと」
「ん? 失礼ですが勇樹君はどうするおつもりで?」
話を聞いていたルイはここで違和感を覚え、勇樹について問いかける。
「実は、病院からの紹介で別の病院が治験対象として面倒を見てくれると申してまして……」
「申し訳ないですが、その病院の名前を教えてもらえませんか?」
勇樹の今後を聞いて嫌な予感を感じたルイは真里花の両親から転院予定の病院名を聞く。
「はあ、この病院ですが………なにか?」
「アーニャ、悪いが今から言う病院の表と裏の情報を調べてくれ。特急料金も払う」
真里花の両親から病院名を聞いたルイは
チャットメッセージで御意ー!と言う返事のあと、マトリクスで調べてくれたデータを転送してくれた。
アーニャから送られてきたデータを見て、嫌な予感が当たってしまったとルイはため息をつく。
「その転院断ってください。そこは身寄りのやい患者に違法に人体実験を行い、臓器密売を行っているところです」
「そんなっ!? 私は………私は………」
「勇樹を助けてくれると思ってたのに………」
アーニャから送られてきた情報を真里花の両親に添付すると両親は泣き崩れる。
勇樹が転院する予定の病院は黒い噂が絶えない病院だった。
ストリートでもそこに搬送されるぐらいなら死を選ぶなんて言われている。
それ以前にそこはルイが潰した孤児を狙った臓器密売組織と繋がっていた医療系企業の系列病院だった。
(はあ………仕方ない)
ルイは心の中でため息をついて覚悟を決める。
「勇樹君のことも何とかしましょう。魔力病にも詳しい医者の知り合いもいます」
「そこまでしていただけるんですか?」
「私に出来る範囲までです。真里花と京子がエクスプローラーとしてやっていけるように、その間勇樹君の病気も治すことは出来なくても症状緩和ぐらいはなんとかなります」
「ありがとうございます! ありがとうございます!!」
真里花の両親は泣き崩れながらルイの両手を握ると何度も感謝の言葉を述べていた。
(なんと言うか危ういな、俺が詐欺師だったらどうしてたんだ、この家族………)
ルイはそんなことを思いながらも、真里花と京子の訓練メニューを考えていた。
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