第9話 アステリオスの休日


「俺の過去の話が聞きたい?」

「はい、問題がなければメタヒューマンになった経由や、エクスプローラーになった理由を教えてください」


 昼過ぎまで惰眠で過ごそうとしていたアステリオスは友人経由で紹介されたフリージャーナリストの取材を受けていた。

 アステリオスは最初はめんどくさいと渋っていたが、謝礼額に目が眩んでついつい引き受けてしまった。


「俺がメタヒューマンになった経由かぁ………生まれはごく平凡な俸給奴隷サラリーマンな一般家庭で、普通に育って、普通に企業学校通って、このまま普通に親と同じ企業に就職すると当時は思ってたな」

「メタヒューマンになったのはいつ頃ですか?」


 フリージャーナリストの男性は撮影用のドローンを操作しながらアステリオスにインタビューを続ける。

 アステリオスはいつものように缶ビールをグビグビ飲みながらインタビューに答える。


「んー………確かハイスクールの頃だったかな? 突然背丈が伸びて、筋トレなんてしたこと無いのに筋肉が肥大していって、たった数日でミノタウロスと呼ばれるメタヒューマンに体が変化していったな」

「メタヒューマン化した時はどんな感じでした? 体に痛みが走ったとか?」

「うんにゃ、寝て起きたら変化していた程度で痛み云々はなかったな。日に日に姿形が変わっていくのは怖かったな」


 メタヒューマン、現在ではダンジョンから漏れる魔力による汚染で遺伝子が突然変異して人間と異なる姿になる現象。


 未だに詳しいメカニズムが解明されていないが、メタヒューマン化するとファンタジー作品に出てくるドワーフやエルフ、果てはアステリオスのようなミノタウロスと呼ばれる水牛のような角が生えた筋骨粒々のゴリマッチョな姿に変わっていく傾向がある。


「当時はショックだったな。昨日まで仲良く駄弁ってた友達や、向こうから告白してきた恋人が化け物を見るような目で俺から離れていった。見た目は変わっても、中身は俺のままだったのによ」

「それは辛かったでしょう」

「仕方ないと言えば仕方ない部分もあったと今なら思えるぞ。何せ俺は軽く殴っただけで人の頭をザクロみたいに出来るからな。あまりにも無視されてキレて抗議するつもりで無視すんなって叫んで全力で教室の壁を叩いたら、一発でコンクリートの壁を粉砕しちまったんだぜ? その時のクラスメイトの目には恐怖があったよ」


 アステリオスはそんなことを言いながら缶ビールを飲む。


「その………家族は?」

「そっちはもっと酷かったな。両親もどちらの親族も魔力汚染と縁がない俸給奴隷サラリーマンだ。まず最初に母親が不貞を疑われたよ、托卵だって騒いでたな。ダンジョン汚染されたエクスプローラーと浮気したんじゃないかってな」


 フリージャーナリストが遠慮がちに家族について質問すると、アステリオスは笑いながら家族の話を始める。


 メタヒューマンが生まれたり、発症したりする原因の一つとして重度のダンジョン汚染者が関わってくる。


 医学的な根拠はないが、メタヒューマン発症率の統計を取るともっともダンジョン汚染の影響を受けやすいエクスプローラーや都市の外で暮らすコミュニティでは都市内部の数十倍の発症者がいるせいで偏見と差別は今現在も続いている。


「母親は必死に否定したけど父親は聞く耳持たず、そのまま母親は心を病んで家庭崩壊からの離婚。その離婚のどさくさに紛れて俺の市民番号を削除して、俺は生まれていないことにされた時は流石に堪えたな……」

「それはまた……」

「後でわかったことだけど、父親はヒューマニストの活動団体に所属していたらしくてな、メタヒューマンの俺が生まれたなんてヒューマニストとして不都合な事実を消したかったみたいで裏であれこれやったみたいだ」


 ヒューマニストとはかつては肌の色や生まれなどから差別する白人団体が元で、今はメタヒューマンを差別どころか弾圧活動を行う。

 大企業の重役メガコーポ・エグゼクも数多く所属しており、過去にはユダヤ人大虐殺を彷彿させるような大量殺人事件なども起こした。


「まあ、そこからは良くあるギャングストーリーさ。スラムに流れ落ちてギャングになって暴れた。悪いことは大抵やったな、盗み、クスリ、暴力………ミノタウロスになった体はギャングをやっていくのには役立ったよ」

「いつ今のようなエクスプローラーに?」


 アステリオスは指折り数えながら自分がやった犯罪行為を数える。

 フリージャーナリストは重い空気を入れ替えようと、エクスプローラーになった経由を聞く。


「確か仲間とつるんで強盗を働いたときだったかな? たまたまターゲットに選んだのが当時現役のエクスプローラーで、運が悪いことにそいつは手練れのミスティックで、俺の師匠になる人だった」

「それはまた運が悪かったと言いますか、よく無事でしたね」


 フリージャーナリストの中にあるミスティックのイメージと言えば、魔法やスキルのスペシャリストで、自分の何倍も大きなモンスターすら魔法やスキルで一撃で倒すことができる超人だと思っている。


 目の前のミノタウロスになった青年も確かに強いが、ミスティックと比べれば象に挑む蟻のようなものである。


「まじであの時は死を覚悟したな、ガチでションベン漏らしちまったよ。相手の見た目は息を吹き掛けただけで吹っ飛びそうなガリガリのジジイなのに、片手で俺のパンチを片手で受け止めて、逆にボコボコにのされたよ。当時の仲間は俺を見捨てて逃げた」


 アステリオスは当時を思い出したのか、青い顔になって寒気を覚える。


「そこからどんな経由でエクスプローラーに?」

「俺をボコったエクスプローラーが『性根を叩き直してやる』と言って俺を連れ帰って手当てして………クラシック・ムービーのカンフー物みたいにエクスプローラーとして鍛えられた」

「それはまた………」


 話の内容だけ聞けば不良を更生したヒューマンドラマに聞こえるが、昔を思い出したアステリオスの目からハイライトが消えて小刻みに震えてるのにフリージャーナリストは気付き、そんな優しい世界の話ではないと察した。


「更生して真面目になったけど、あの地獄の特訓がトラウマでな、お陰でオカルト方面は未だに苦手だよ」

「それは………ところでアステリオスさんはサイバーパーツを数多くインストールしていますが、インストールするきっかけは?」


 これ以上そのミスティックの話を聞くとアステリオスの精神がヤバイと感じたフリージャーナリストは話題を変える。


「なんだっけな? あー………師匠の仕事手伝ってミスって死にかけてな、俺にはミスティックの才能がなかったから、なら機械で補えって言われてインストールしたな。そこから金をためては伝手を頼ってインストールしていってって感じだな」

「なるほど、機械をインストールすることには抵抗はなかったのですか?」

「別にテクノフォビアじゃねーし、メタヒューマンになる前にARO強化マトリクスを見るための機械を頭にインストールしたし、それの延長線でしかなかったな」


 テクノフォビアとは不便を強いられても頑なに体に機械をインストールすることを忌諱する精神の人を指す言葉だ。


「なるほど、ありがとうございます」

「参考になったかわからねぇが、これが俺がエクスプローラーになった理由だ。良くある話で珍しくもないだろ? これ記事になるか?」

「いえいえ、これはこれで需要はありますし、それを何とか記事にするのが私の仕事ですから」


 インタビューはこれで終わったのかフリージャーナリストは撮影用のドローンを停止させてアステリオスに報酬を払う。


「記事が出来たら知らせてくれ、何だかんだで気になるしな」

「はい、その時は送らせて貰います」


 フリージャーナリストはそういって去っていく。


「さて、臨時収入も出来たし飲みに行くかな?」


 フリージャーナリストを見送ったアステリオスは報酬額を確認して、何処にのみ行こうか悩みながら立ち去っていった。

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