第10話 優良客へのお仕事斡旋
「よう、手が空いてるなら仕事受けないか?」
ルイ達がスピットファイアで飲んでいると、スピットファイアのマスターである全身クロームメッキのサイバーパーツに換装した男性が声をかけてくる。
「珍しいな、マスターが直接声をかけてくるなんて」
ルイ達に声をかけてきた男はこのスピットファイアを経営するマスター。
重度のクロームマニアで大金を注いで全身をクロームメッキのサイバーパーツに変えた変人だ。
「なに、店に金をいっぱい落としてくれて、副業も失敗なしでこなしてくれる優良客への日頃の感謝を込めてってやつだ」
マスターはそう言いながらクリーナーで自身の身体を拭いてメッキの輝き具合を確認する。
「内容と報酬によるな」
「市民番号なしのチンピラ二人を殺す簡単なお仕事さ。報酬は全体で五千ネオエンだ」
「はぁぁぁぁっ!? チンピラ二人に五千? おい、ルイやめとけ! ぜってー騙して悪いが案件だ!」
「そうだよー、この手の仕事なら五百から千だよー。マスター、僕達何か怒らせるようなことしたー?」
マスターが仕事の内容を言うと、アステリオスが飲んでいたビールを吹いて、ルイに仕事を受けるなと言う。
アーニャも流石に怪しすぎる報酬に対して、マスターが自分達を騙そうとしてると思い込む。
「話は最後まで聞けって、お前らテレビドラマのトゥルーハート知ってるか?」
マスターはクロームメッキの輝き具合を確認しながらテレビドラマの題名を口にする。
「確かついこないだ最終回を迎えたテレビドラマだったか?」
「エクスプローラーのイケメン主人公が毎回美人な依頼人の問題を解決するアクションラブロマンスだよな?」
「ドラマのブレインシムも凄い売り上げでシーズン2も制作が決まったとか? そのドラマがどうしたのー?」
ルイ達もマスターが言ったドラマを見ていたのか知っていると伝える。
アーニャが言っていたブレインシムとはマトリクスソフトで、まるで自分が主人公になったように、その人物の追体験が出きるソフトだ。
「そのドラマで使われてたスコーピオンと言うバイクがあっただろ?」
「あったな! コレクションに加えたかったけどプレミアム価格と転売ヤーのせいで手が届かない」
マスターはクロームメッキの輝きが気に入らないのか、別のワックスを取り出して自分の身体を磨きながらドラマで使われた大型バイクの話をすると、ルイが目を輝かせて食いつく。
「んで、そのバイクがどうした?」
「ここからが本題だ。ドラマに嵌まったある
マスターは納得のいく輝きを手に入れたのか上機嫌で話を続けるが、ルイ達はヲチが読めたのか苦笑する。
「ドラマの主人公を真似て、少し治安の悪いプールバーまでスコーピオンに跨がって走って、なんの対策もせず一般的な鍵をかけた」
「うわー、ストリート界隈じゃそれはご自由にお持ち帰りくださいっていってるようなもんだよー」
「君達のお察しの通り、盗まれて依頼人は怒り心頭、取り戻すだけじゃ気が済まないらしく犯人を殺せとのことだ」
「たったそれだけで五千ネオエンも出すか?」
ルイが改めて依頼報酬額の多さを指摘する。
「ハハハ、どうもこちらには不馴れっぽかったから吹っ掛けたらね、それが相場だと勘違いしたみたいだな。五千ネオエンはセレブのお坊ちゃんからすれば、はした金だったよ」
そう言うとマスターはどや顔を見せる。
「バイクは取り戻さなくていいのか?」
「そいつはまた別の優良客に回してる。あんた達はバイク泥棒倒して証拠を送ってくれればいい。どうする?」
マスターはクロームメッキに映る自分の姿を見つめながら聞いてくる。
「俺はやる。車買って金欠なんだ」
「俺もやらせてもらう」
「二人がやるならわたしも~!」
依頼を受けたルイ達三人は早速伝手を使って件のバイク泥棒の行方を追い始める。
「古巣のギャング達に聞いたらすぐにわかったぜ。バイク泥棒は元マッスルデビルのメンバーだ」
アステリオスが以前所属していたカラーギャングチームに連絡すると、すぐにバイク泥棒の正体がわかった。
「元?」
「なに、お前んとこのメンバーが
ルイが聞き返すと、アステリオスは缶ビールを飲みながらニヤニヤしている。
流石にギャングも
「所属のままだとややこしいもんねー。取りあえず二人は最近中古だけどサイバーパーツを移植したみたいだよ。盗んだバイクを売ったお金で」
アーニャがケラケラ笑いながらマトリクスで得た情報を伝える。
「何を移植した?」
「低品質の強化人工筋肉とやっすい皮膚下装甲。ハッタリをかますには十分かもー?」
ルイがアーニャに問うと、アーニャはどうやって手に入れたかは秘密だが、サイバーパーツの移植に関する医療カルテを読み上げる。
「十分俺たちで対処できるな」
「ていうか、私達で対処できない程の実力なんかあったらバイク泥棒なんてしてないと思うよー」
アステリオスは飲み干した缶ビールを握りつぶしカルテを見て呟く。
「ルイはなにか情報を得たか?」
「犯人の潜んでるアジトを見つけた。知り合いのホームレス達が不法占拠していた廃ビルだ。最近やってきて銃で脅されて追い出されたから何とかしてほしいと頼まれた」
バイク泥棒は自分達が所属していたカラーギャングチームから追放され、いもしない
「これがその件のビルか?」
「アーニャ、インセクタードローンを飛ばして探索してくれるか?」
「御意ー!」
バギーが到着したのはセクターの表記すらされていない放棄されたエリアの廃ビルの一つ。
アーニャはハエサイズの超小型ドローンを飛ばして廃ビル内を探索する。
「いたよー。うわ、薬までやってるよー、こいつら」
片手に銃を持ってぶつぶつ呟きながら、物音がすると、そちらに銃を向けて警戒する。
その足元には使い捨ての注射がおいてあり、なにか薬物をやってるのがわかった。
「ギャングチームから追い出される時に企業を敵に回したと教えられたみたい」
ハエ型の超小型ドローンが音声を拾い、バイク泥棒がお互いに企業重役のバイクと思わなかったとか、お前のせいで俺まで狙われたとか、罪の擦り付けあいをしている内容が聞こえてくる。
「これ、放っておいたら仲間割れしそうだな」
「んー………それじゃあ、ちょっと小細工してもいい? カルテ見た時に埋め込んだサイバーパーツにバックドア仕掛けられてるの見つけてたの」
罪の擦り付けあいはヒートアップしてきて、これまでお互いが不満に思っていたことも罵り出す。
それを見ていたアーニャが何か思い付いたように手を上げる。
「何をする気だ?」
「んとねー、サイバーパーツの制御権奪って同士討ちさせるよー!」
「楽に終われるならそれでいい、やってくれ」
「御意ー! じゃあマトリクスに潜るね」
ルイの許可を貰ったアーニャはそう言うと、意識を失ったようにバギーの座席にもたれ掛かる。
しばらくすると、言い争っていたバイク泥棒達がお互いに銃を向けるが、その表情は驚愕と恐怖に染まっていた。
お互いに冗談はよせ、撃つな!と叫びながら引き金が引かれ、廃ビルにマガジンが空になるまでお互いの身体に鉛玉を撃ち込んでいく音が響き続ける。
「安もんの中古サイバーパーツなんぞいれるから、乗っ取られるんだ」
自分が出向かなくてもいいとわかったアステリオスは新しい缶ビールの蓋を開けて飲み始める。
「ふう、ただいまー!」
マトリクスから意識が戻ってきたのか、アーニャの身体がビクッと震えると大きく伸びをしながら帰還の挨拶をする。
「これで仕事は終わりだな、帰るか」
「死体はどうする?」
「写真だけしか聞いてないし、追い出されたホームレス達が迷惑料代わりに剥いで捨ててくれるだろ」
ルイはそう言うと、バギーを発進させて報告のためにスピットファイアへと向かった。
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