第19話 リコリスの休日

「ふんふんふーん~♪」


 リコリスは上機嫌に鼻唄を歌いながらマトリックスと呼ばれるVR仮想現実空間にいた。


 ハッカー達が集まるヴァーチャルワールドで仲間と話したり、新しいソフトの作成などしながらまったり休日を過ごしていた。


「にゃっす!」

「あ、ケットシーじゃん、やっほー!」


 マトリックス空間をまるで泳ぐように漂っていると、リコリスの側に長靴を履いた猫のアバターがログインして挨拶してくる。

 因みにリコリスはドット絵のダークエルフアバターだ。


「リコリスは今暇かにゃ? ちょっと相談にのって欲しいんだけど」

「んー、いいよー。どうしたのー?」


 ケットシーと呼ばれた長靴を履く猫のアバターはお願いポーズのチャットスタンプを表示しながら相談を持ちかけてくる。


「実はさー、リアルでにゃーはエクスプローラーチーム組むことになったにゃ。んでね、チームの装備を整えようと思うんだけとノーマル、グレイ、ブラックマーケットってわかれてるけど何処がいいかにゃ?」

「揃えたい装備にもよるねー。ノーマルは合法で合法品しか売ってない普通のお店」


 ケットシーは頭に???マークを浮かべながら相談内容を言うと、リコリスはホワイトボードのデータを作り上げて、それぞれの違いを説明する。


「メリットは安全で確実で品質が保証されてる。合法品で安全なもの買うならノーマル一択たねー」

「デメリットとかあるかにゃ?」

「売買記録が残るから、犯罪に使ったらすぐばれる」


 リコリスがノーマルマーケットについて説明すると、ケットシーは学生服を着て机に座る猫のアバターになって話を聞く。


「んでねー、グレイマーケットは合法品を販売記録を残さない個人売買を意味する用語で、運が良ければ安く手に入る」

「グレイマーケットにもデメリットあるのかにゃ?」

「品質がピンキリ、運が悪ければ何処かの犯罪で使われた武器とか売り付けられて、犯人に仕立て上げられるかも」

「うにゃぁ………」


 デメリットを聞いたケットシーはドン引きするリアクションのスタンプを何度も表示する。


「最後にブラックマーケット、金さえあれば合法非合法問わず物が手に入る場所。でもお勧めはしない」

「うん? どうしてにゃ?」


 ケットシーは首を傾げて?マークを浮かべる。


「そう言うとこって、だいたい犯罪組織が携わるから一見さんお断り、マーケット利用者からの紹介とか伝手がないとまず開催場所すらわからないし、偶然見つけたとしても入れないどころか、逆に目撃者は消せってことになるよー」

「うにゃぁ………」


 ケットシーは猫耳をペタンと倒して困ったような声をあげる。


「それに場所や品物によってはお金で買えないしねー」

「んにゃ? 支払いとかどうするにゃ?」


 お金で買えないと聞いてケットシーは首を傾げる。


「物々交換や代わりに頼みごと聞くとかね」

「駆け出しのエクスプローラーには縁のないマーケットっぽいにゃー」

「ま、駆け出しのエクスプローラーなら最初はノーマルマーケット一択だよー。商品に問題あったらメーカーが保証してくれるしー」

「そうするにゃー。あともう一個相談あるんだけど」


 ケットシーは猫の手で人差し指を突き立てるようなポーズを取る。


「んー、なにー?」

「企業からの依頼ってやっぱり騙して悪いが案件とか多いかにゃ?」

「ケットシー、それドラマの見すぎだよ」


 ケットシーは警戒するように周囲をキョロキョロと見回し小声で聞いてくる。

 リコリスは呆れた顔でケットシーを見つめる。


「確かに0とは言わないけど、そういう依頼人って天文学的な確率だよー」

「ええ、ほとんどないと言えますねえ」

「ふしゃー! 誰にゃ!」


 唐突に会話に入ってくる人物を見て、ケットシーは毛を逆立てて威嚇のポーズを取る。


「いやー失礼、知ってるアカウントを見つけて、つい好奇心から盗み聞きしてしまいました」


 会話に入ってきたのは七三分けの髪型に黒縁メガネ、糸目のサラリーマン風なアバターの男性。


「盗み聞きとか趣味悪いよー、九時五時さん」

「いやー、乙女同士の内緒話とか気になるじゃないですか」

「にゃあ………リコリスの知り合いかにゃ、こいつ?」


 リコリスと九時五時と呼ばれたサラリーマンのやり取りを見て、ケットシーは九時五時を指差しながら質問する。


「んー、知り合いと言えば知り合いかな? 私達のチームにお仕事回してくれる人」

「どうも、お仕事を紹介してる九時五時です。驚かせたお詫びに、貴方の疑問にお答えしましょう」

「うにゃ~………なんか怪しい人だにゃー」


 リコリスが紹介すると、九時五時と名乗ったサラリーマンは名刺を出す仕草でケットシーにプロフィールカードを送信する。


「まあ、お話続けますね。優秀で信頼のあるエクスプローラーというのは我々の業界では大切な下請けさんなんですよ」

「下請け? どういことにゃ?」


 九時五時はニコニコ笑みを浮かべながら説明を始め、ケットシーは小首を傾げる。


「例えば貴方が優秀で信頼のあるエクスプローラーとします。そういう人って複数の依頼人から仕事が来たりします」

「ふむふむ」

「私が仕事を依頼して、騙して悪いがと言って殺したとします」


 九時五時はそう言って銃を射つジェスチャーをします。

 ケットシーはやられたにゃーと言って撃たれた振りをする。


「そうすると、私は次仕事を頼む時にまた0から優秀で信頼出来るエクスプローラーを探さないといけません。これは大変なコストです」

「そして、私もケットシーに色々仕事を頼んでいたのに、九時五時に理不尽に殺されたので新規を探さないといけない」

「ふむふむ」


 九時五時の話を補足するようにリコリスも会話に混ざる。


「私からすれば大切な下請けを理不尽に潰された認識。その犯人が九時五時だとわかったら?」

「わかったらどうにゃる?」


 リコリスはケットシーに問いかけるが、ケットシーは自分で考えずに九時五時に答えを聞こうとする。


「私はリコリスさんから余計な恨みをかいますし、この手の業界は【仕事には対価を】が絶対のルールと言ってもいい。それを破ると業界からムラハチですよ」

「ケットシーも騙して悪いがをやる依頼人なんで嫌でしょ?」

「うにゃー、おことわりにゃー!」


 ケットシーはフシャーっと威嚇の声を上げて引っ掻くポーズをする。


「私は余計な恨みを買って、業界から信頼を失いムラハチ、次のエクスプローラーを見つけても、騙して悪いがをまたやるんじゃないかと疑われて断られるリスクが大きくなります」

「それにエクスプローラーだって黙ってやられる訳じゃない。時には生き延びて報復だってする」

「にゃるほどー」


 ケットシーは納得したのかポンと手を叩く。


「これが我々が騙して悪いがを滅多にやらない理由です」

「でもやることもあるのかにゃ?」


 ケットシーは九時五時に質問する。


「そのリスクを上間る利益があるか、目先の利益しか見えない馬鹿とかがねぇ………」


 九時五時は盛大にため息をはくエモーションをしながら答える。


「あと、仕事を仲介する際は、我々は可能な限り裏取りします。この手の騙す人って荒いんですよ」

「荒い?」


 九時五時は自分が仲介者の場合の話をする。


「最初から騙す気だから全体的に計画が杜撰なんですよ、どうせ死ぬのだからと言う考えが滲み出ます」

「そう言うときはどうしてるにゃ?」


 ケットシーはフムフムと頷きながら質問をする。


「時間に余裕があるなら調べて綻びを見つけます。時間がない時はあれこれ理由をつけて相場の数倍の金額を吹っ掛けます。最初から支払う気がないから簡単に了承するんですよね」

「ふにゃー、なるほどにゃー」

「あとは依頼人の副官が騙して悪いをするときもあるねー」

「副官? どう言うことにゃ?」


 聞き役になってたリコリスがここで会話に混じる。


「私が過去に受けたので、メタヒューマンの企業から仕事もらったんだけど、部下がヒューマニストだったの」

「あー、あの仕事ですか。火消しが大変でしたね」

「どんな内容にゃ?」


 リコリスが過去に遭遇した仕事の話をすると、九時五時も関わっていたのか懐かしそうな声をだす。


「メタヒューマン用に開発された装備のプロトタイプでダンジョンに潜る仕事だったんだけど」

「ヒューマニストの部下がメタヒューマンの上司を失脚、ついでにメタヒューマンのエクスプローラーも殺そうとわざと欠陥品を掴ませてもう少しで大惨事に」


 九時五時はそう言って当時を思い出してるのか遠い目をする。


「チームメンバーのルイが真相を暴いたて何とかなったけど、あれは大変だった」

「さすがに依頼人は裏取りしても、部下までは調べたりしませんから」

「それはどうしようもないにゃー」

「まあ、騙して悪いをすると界隈から嫌われて干される。怪しい仕事は仲介の時点で弾かれる。なので滅多に騙して悪いはありません」

「フムフムにゃー」

「ケットシー、他に相談はある?」

「うーん………今はないかにゃ? 相談にのってくれてありがとうにゃ! 九時五時にもお礼言うにゃ!」


 リコリスが質問すると、ケットシーは頭をユラユラ揺らしながら考え込み、他に質問が思い付かなかったのかお礼を言う


「ん、どういたしまして」

「いえいえ、将来仕事を頼む間柄になるかもしれませんし、顔繋ぎみたいなもんですよ」

「あ、リアルで仲間が呼んでるにゃ! にゃーはこれで失礼するにゃ!!」


 ケットシーはフリフリと手を振ってログアウトする。


「九時五時もわざわざありがとうねー」

「いえいえ、将来の投資の一環ですよ。さて、サボってるのがバレそうなんで失礼しますね。また近い内に仕事を頼むと思うのでよろしくお願いします」


 九時五時はそう言うとログアウトしていく。


「んー、私はどうするかなぁー?」


 ケットシーと九時五時を見送ったリコリスは浮遊しながら何をしようか悩みながらマトリックス空間を漂い、休日を過ごしていった。





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