第3話 ワンナイトビス


 バギーで依頼人が待つお寺に向かうと、境内にサングラスをした尼僧がチューインガムを膨らましながらドローンに指示して血で汚れた床を掃除していた。


「あー! 仕事受けてくれたの、アステリオスさんですかー!」

「よお、ジェーン! なんだぁ? 強盗でも来たのか?」


 バギーから降りた人物をみて、寺の尼僧は手を振って挨拶し、アステリオスは軽く手を上げて寺の境内を見る。


「そうなのよ、もう少しで貞操のピンチだったのよ」

「なーにが貞操のピンチじゃ。襲撃早々ウェルカムドリンクならぬ、ウェルカムショットで出迎えたくせに」


 ジェーンと呼ばれた尼僧が泣き真似をすると、寺の本堂から高齢の眼帯をした尼僧が呆れた顔で出てくる。


「うるせー、くそばばぁ!」

「誰がババァじゃ! それよりも荷物はそれじゃ、持っていっておくれ」


 ジェーンは中指を立てて舌を出して本堂からから出てきた眼帯の老尼僧に悪態をつき、老尼僧も応戦するように中指を立てて怒鳴り、ルイ達に向かって顎で荷物がおいてある場所を指す。


「荷物はこれか………」


 ルイ達が境内の片隅に死体袋が三つ無造作に置かれており、周囲には血痕が広がっていた。

 どうやら返り討ちにあった強盗の死体のようだ。


「なんでまたこんなとこに強盗が?」

「同業の嫌がらせじゃろうて」


 ルイが死体袋をバギーに運んでる最中呟くと、ルイの呟きが聞こえた老尼僧がふんっと鼻をならして答えてくれる。


「この住所までなるはやで運んでくれ」

「なんだ、俺が世話になってるドクターのとこじゃねぇか。バラして売るのか?」


 老尼僧が死体の配達先の住所を伝えると、アステリオスがサイバーパーツを移植して貰うのに通っている医者だと教えてくれる。


「ああ、臓器とサイバーパーツを買い取って貰う話になっとる」

「こいつらもついてねえな、返り討ちにあったうえに供養どころか切り刻まれてリサイクルなんてな」

「ふんっ! 仏罰じゃよ、仏」


 そんな話をしながらアステリオスはヒョイヒョイと死体袋を担いでバギーの荷台に載せていく。

 老尼僧はARO強化マトリクスで契約している警備会社に文句を言っていた。


「んじゃよろしくー」


 荷物を受け取ってバギーのエンジンをかけると、ジェーンがチューインガムを膨らましながら手をヒラヒラ振って見送る。


「目的地はセクター20/16か………何処のギャングの縄張りだ?」


 ルイは煙草を吸いながら運転し、配達先の住所を再確認する。

 メガシティ・ネオトウキョウは数字で区画が分けられており、数字が低いほど都市の中心部………所謂上級市民セレブリティしか住めないエリアだ。

 後ろの数値は治安を表しており、10以上は犯罪行為が発生しても警察企業がなかなかやってこないエリアになる。


「うんとねー、そのエリアはマッスルデビルの縄張りだよ。人工筋肉をこれでもかと入れてマッチョになるのがスタイルのギャングー」

「あー、そいつらとは顔見知りだから絡んできたら俺が出るよ」


 リコリスはARO強化マトリクスを弄り、目的地のセクターを支配している犯罪組織を検索する。

 アステリオスはギャングの名前を聞くと、飲んでいた缶ビールを握り潰して、話に加わる。


「ここが受け渡し場所の住所だが………それっぽい建物なんかないな?」


 受け渡し場所にたどり着くが、そこは放棄されてボロボロになった建築途中のビルの廃墟があるぐらいだった。


 ルイがバギーの中から周囲を見回すが、医療施設のような建物は見当たらない


「ドクターはここに住んでる。ドクター、寺からの配達だ」


 アステリオスがバギーから降りると、建築途中のビルの廃墟にある監視カメラの一つに話しかける。


「おや、アステリオス君じゃないかね。君がお寺からの運んでくれたのか? 迎えを寄越すから、彼についてきたまえ」


 廃材にカモフラージュされたインターコムから応答の声が聞こえてくる。

 ルイ達が廃ビルの前で待機していると工業用エレベーターが降りてくる。


「ドクターは中でお茶を用意してお待ちだ」


 工業用エレベーターにはこのセクターエリアを縄張りにしているマッスルデビルと言うギャング男達が数人同乗しており、カートに死体を乗せていく。


 リコリスが言っていたようにマッスルデビルのギャングメンバー達は漫画でしか見たことのないムキムキマッチョで、ルイは暑苦しさを感じた。


「ドクターはここに住んでいるのか? 衛生とか大丈夫か?」

「ドクターは表立って看板を掲げられないお立場でな。衛生面は安心してくれ、かなり金を賭けて清潔に保っている」


 ルイが独り言のように言うと、ギャングメンバーの一人が答える。

 

「ドクターはあの方だ」 


 工業用エレベーターが到着したのはビルの展望エリアになる予定だった場所。

 今はマッスルデビルが占拠してトレーニング器具で埋め尽くされている。


 そんな中、ガリガリに痩せて不健康そうな白衣をきた男性がルイ達を出迎える。


「わざわざすまないね。検品に時間がかかるからお茶でも飲んでく。


 ドクターに案内されてやってきたのはメンテナンスルームと表示されたドアの前。

 ドクターは扉に設置された電子ロックにカードを入れて解除コードを打ち込む。


「え、そっち!?」

「ハッハッハ、ちょっとした悪戯遊び心さ」


 ピーと言う電子音と共にドアの反対側の壁がスライドして、診察台や医療機器がある部屋が現れる。


 普通にメンテナンスルームのドアが開くと思っていたルイとリコリスは驚き、ドッキリが成功したことにドクターは上機嫌になる。


「ではごゆっくり」

「あ、はい………お構い無く……」


 ドクターはルイ達を待合室に案内して茶を用意する

 ルイとリコリスは安物の合成コーヒーの一杯でも出るかと思っていたら、まさか本格的なケーキスタンドやアフタヌーンティーを用意されるとは思っておらず、鳩が豆鉄砲食らったような顔でお茶を飲む。


「まさかここまで本格的とは思わなかったな」

「最近ドクターはお茶にはまっててな。サイバーパーツのメンテのついでによくごちそうになってんだ」


 常連のアステリオスは勝手知ったるといった感じでケーキを手掴みしてバクバク食べていく。


「うむ、検品完了だ。臓器は少々薬物とダンジョン汚染されていたがまあ許容範囲だ。ところでチミ、バイトしないかね?」

「バイト? 内容と報酬にもよるよー」


 荷物の検品を終えたドクターが戻ってくると、リコリスにバイトを提案してくる。


「チミ、ハッカーだよね? 仕入れたサイバーパーツにソフト走らせてウィルスやバックドアなど不具合がないかみてほしいんだ。手元のソフトだと信頼性が低くてね」

「それくらいならいいよー」


 仕事内容を確認したリコリスはARO強化マトリクスを弄り、摘出されたばかりのサイバーパーツに検査プログラムを走らせる。


「うっわー………これは酷いなー。海賊版のパーツやらソフトやらで動かしてたせいでバックドアやらマルウェアだらけだよー。あとOSのバージョンアップも長い間されてなーい」

「洗浄とアップデートでどれくらいかかるかね?」

「んー………五分ちょうだーい」

「よろしく頼むよ」


 配達先で臨時の仕事にありつけたとリコリスは喜びながらサイバーパーツの洗浄とアップデートを始める。


「しかしこいつらもついてないな。小銭ほしさに押し入り強盗したら返り討ちにあって末路がバラバラにされて商品にされるとは」

「よくある話だよ。可哀想だと思うが、それで食べてる私が言える立場ではないしね」


 ルイ達はお茶を楽しみながら物騒な話を雑談する。


「こういう中古のサイバーパーツとか俺は怖くてつけられないな」

「そこは払える金によるね。中古しか買えない人は中古で我慢するしかない。ちゃんと動くならどこから仕入れたか、前に誰が使ったなんてどうでも良いことさ」


 ルイはコンビニ強盗から摘出されたサイバーパーツをみて呟く。


「どうしても中古が嫌なら金をもってくればいいたけだもんねー。はい、終わったよー」

「報酬を送金したから確認してくれ」


 リコリスはケーキの食べかすを溢しながらそんなことをいい、ドクターはリコリスがこぼした食べかすが気になるのか掃除ドローンを起動させて綺麗になるのを確認しながら話す。


「ふえっ!? こんなに貰っていいの?」


 サイバーパーツの洗浄を終えたリコリスはドクターから振り込まれた金額に驚いていた。


「こっちのソフトで検出できなかったの見つけて貰ったしね。下手にウィルスに感染したままのサイバーパーツを移植して不具合出て弁償しろとか因縁つけられるよりはましだよ」


 ドクターは過去にそういったクレームトラブルに遭遇したのか、あれはめんどくさかったと呟く。


「では寺にも送金したから配送料ももうすぐ送られてくるだろう」

「ああ、こっちも確認した。お茶ご馳走さまでした」

「怪我したならいつでも来てくれ」


 寺から報酬が振り込まれたのを確認するとルイはお茶を飲み干してドクターの医院から出ていく。


「明日は俺用事があるから、各自自由行動で」

「御意ー!」

「仕事かトラブルあったら遠慮なく呼んでくれ」


 ルイ達は仕事を終えるとそれぞれのねぐらに戻り、メガシティ・ネオトウキョウの夜は更けていく。

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