第8話 ワンコはチュロスの避け方と食べ方を知らない

 まるで妹と姉を気にする姉のように、まるで犬の散歩をする飼い主のように、微笑ましい光景を見た際にあらわられる緩みきった表情をワコちゃんは俺達に見せる。こちらをチラチラと見て前方への注意が疎かになったのだろう。ワコちゃんは柱に激突する。そして「ワプッ」という可愛らしい音が鳴った。


「大丈夫ですか?しっかりと前を見て歩かなきゃいけませんよ」

「ワコちゃん大丈夫か?」

「うふふ・・・大丈夫・・・」


 そのワコちゃんの、斜めがけバックが大きく食い込む程のたわわがクッションになったに違いない。普通なら顔が柱に激突するところだが、グランドシスター様に大事はなかったようだ。


 心配する俺と鳳来をよそに、ワコちゃんはずんずんとショッピングモールの中を巡回する。ここは流行りのブランドだとか、ここは女子高生に上げるには高すぎるとか、聞いてもいないのにどんどんと情報を流し込んでくる。


 いや、まあ、ありがたいことはこの上ないのだが・・・・


 感謝も程々に、ここで一旦状況を整理させて欲しい。


 まず、なんで俺と鳳来寧々子とワコちゃんが一緒に仲良くショッピングをしているかと言うと、それは単にワコちゃんから提案されたからだ。


 愛する我が妹、真央の誕生日が近いと言う情報をどこから仕入れて来たのか、ワコちゃんは突如として誕プレ選びを手伝わせてくれと言ってきた。もちろん断る理由もなかったので、OKしたが、まさか鳳来もついて来るとは予想だにしなかった。


 ワコちゃん曰く、学校外での鳳来を見たら、入れ替わり時の行動の理由が分かるかもしれないとの事。確かに、一理あると思った。


 紅色の映える清楚な白のブラウスと、どこの国の令嬢だよと思う赤色のジャンパースカートを完璧に着こなす鳳来のその風貌は、流石と言うべきだろう。しかしその横を歩く俺は、どごぞの国の紳士にもなれなそうな程に、鳳来にかけるスマートな言葉が見つからなかった。


 鳳来の私服はあらかた褒めた・・・今日の授業の話もした・・・・


 脳内で唸りながら会話の切り出しを考えるが、良いのは出てこない。

 そんな俺を察してくれたのか、鳳来は俺に質問をしてくる。

 このショッピングの前提であり、おそらく今最も話すべきに値する内容だった。


「・・・・真央ちゃんの誕生日、近いんですか?」

「ああ、うん・・・あ!うん!!近い近い。来週の月曜。プレゼントに困っててね〜。本当、ワコちゃんと鳳来に手伝ってもらって助かるよ」

「それは良かったです。ちなみに、どんな物を買うかくらいは決まってるんですか?」

「ん〜・・・・パジャマ?ピンクの、モコモコの、可愛いやつ」

「それは良いですね!」


 鳳来は手を叩いて、俺の案を肯定してくれた。しかしその一方で、数歩前にいるワコちゃんは、俺の案にツッコミを入れて来た。


「いや〜・・・透くん。高校一年生にそれはどうなんです?」

「ダメ?」

「そもそもなんでピンクなの?」

「女子ってピンク好きだろ?」

「はあ、全く・・・嫌いな人もいます」

「真央は好きだ」

「ふふ、なんの根拠があって言うんです?」

「好きって言ってた」

「いつ?」

「・・・・・2年前とか?」

「じゃあ、変わってるかもしれませんねー。特に中学生と高校生では感性が違いますし・・・」

「じゃあ何色?」

「・・・・とりあえずはお店に入りましょうか」


 俺を諭しながらも、優しい微笑みを崩さないワコちゃんに案内されて、店の中に入る。

 レディースのルームウェアやランジェリーを扱っている店だ。目が眩むほどの多種多様な色彩と、男子禁制のこの空気に脳が少し疲れる。


 一人でこういう店に入るとかなり疲れるからな・・・そう思うと鳳来達がいて良かった・・・


 改めて心の奥で感謝していると、ワコちゃんの姿が消えている事に気づく。


「あれ・・・ワコちゃんは・・・・?」

「どこいったんでしょう?」


 キョロキョロと辺りを探しても見つからない。

 するとシャーッとカーテンが開く音が背後から聞こえる。


「ふふ、どうです?似合ってます?」


 イタズラそうに笑うワコちゃんが試着室で仁王立ちをしている。

 犬耳のついたフードを被り、全身を胡麻色のモコモコで包んでいる。

 ワコちゃんはくるくると見せつけてくるように回る。それによって、なんでそこにつけたと突っ込みたくなる、ルームウェアにプリントされた肉球がプルンッと揺れる。


「どう?」

「めっちゃ可愛いけど・・・何?ワコちゃんも買いたくなっちゃった?」

「買わないですよ〜。ただ買わなくても着たくはなるじゃないですか〜」

「そう?」

「うふふ、そうですよ〜。なんでも一回はやってみないと〜」


 そうワコちゃんと話していると、鳳来がこっちを穴が開く程に見ている事に気づく。


 いかん、いかん。俺はワコちゃんのルームウェアを探しに来てるんじゃなかった。鳳来も暇ではないのだろう。時間を無駄にしてはいけない。


 ワコちゃんには悪いが、余計な事をしている場合じゃない。

 いや・・・そもそもワコちゃんも真央のプレゼントを探しに来てるはずなんだけど。


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