第8-5話 ワンコはチュロスの避け方と食べ方を知らない

 物陰に二つの不審なサングラスがいた。

 拝堂透と鳳来寧々子の会話を、ヨロズとワコちゃんは注意深く見つめる。


 透が寧々子に別れの挨拶をし、改札へと向かう。

 作戦の大成功を確認した万は嬉しそうにサングラスを外す。

 二人も帰路につこうとしたその時。それは起こった。


 なぜか寧々子は透に手招きをし、近寄るように言う。

 透は不思議そうな顔をしながら、寧々子に近寄った。


 寧々子は手をそっと透の肩に添え、グイッと彼女の身体の方へと引き寄せる。引き寄せられた透の身体は前に屈むかのように、倒れ込む。

 そして寧々子の唇は、透の頬へと引き寄せられた。


「おおおおおおおお!!!やりやがった!!あいつ、やりやがったぁああ!!」


 もちろん小声で、万は雄叫びをあげる。

 少し細長のその瞳をカッと見開くワコちゃんは『キャー』っと黄色い声をあげる。小声で。


 そしてその目に涙を滲ませる。まさに娘の成長を喜ぶ母親のようだった。


 そしてそして、なぜか眉間に皺を寄せた。

 不穏と疑問が脳裏によぎったからだ。


「どうした?ワコ?」

「なんか・・・おかしくない?」

「なにが?」

「寧々子ちゃんが自分からキスなんてできる訳ない・・・」

「え〜・・・・やめてくれよ、そういう発言。お前は問答無用で人を信じるようなキャラだろ」

「いや・・・そういうことじゃなくて」

「男子三日会わざれば刮目して見よって言うじゃん。女子なら3時間だ」

「違うって・・・あれさ・・・もしかしてさ・・・真央ちゃん?」

「・・・・まさか!」


 万は寧々子の事を穴が開く程に見つめる。しかし悲しいかな、入れ替わりの事を知っているとは言え、万は未だ見分け方を分かっていない。


 一方でワコちゃんは、再度確信したように頷く。


「うん・・間違いない。あれ多分真央ちゃんだ・・・少なくとも寧々子ちゃんじゃない」

「その心は?」

「幼馴染パワー」

「知らねー・・・・」


 馬鹿らしい根拠に万はうんざりする。

 ワコちゃんは未だ目を見開きながら、口をワナワナ震わせている。

 まるで見てはいけないものを見てしまったように。

 開けてはいけない箱を開けてしまったように。


「まあ仮にあれが寧々子じゃなくて真央だったとして。別に問題はないんじゃない?寧々子のチークキスが見れなかったのは残念だけど。あいつも透にキスできなくて落ち込みそうだけど・・・」

「違うよバンちゃん・・・ここで重要なのは真央ちゃんが透くんにキスした事だよ」

「ん・・・・?まあ、そうか・・・ついに隠れたブラコン解放かー。シスコンとブラコンの相乗効果で世界が救われるかもな」

「ふふ・・・真面目にしてくれないと、流石のバンちゃんでもペケしちゃうよ?」

「なんだよ?別に良いじゃないか、兄妹のスキンシップ大いに結構。ワコだって真央と透が仲直りする事を望んでたじゃん」


「それはそうだけど・・・寧々子ちゃんに入ってる真央ちゃんの表情見た?あんなのブラコンの域を超えてるよ」



 万が思い出すのは、キスをした瞬間の寧々子の顔だった。


 耳も頬も唇も真っ赤にさせながら、まるで酔っているかのような、トロ〜んとした恍惚とした表情。あの顔を高めのカメラで撮ったら、万バズは確定だと万は勝手に想像する。



「ブラコン超えて、恋愛感情ってか?別に否定も肯定もしないけど・・・・まあそこまで不安になる事じゃないだろ。透だぞ?妹に手を出す事がどういう事くらい分かってるだろ?それに・・・あいつは兄でいたいんだよ。一緒に困難を乗り終えるような存在じゃなくて、先回りして困難を消し去る存在になりたいっていう兄思考。それを趣味嗜好にする奴がシスコンっていうだよ」

「いや・・・妹じゃないよ・・・」


 ワコちゃんはボソリと呟く。

 一瞬だけワコちゃんの発言を理解できなかった万だったが、すぐに自分の認識が間違っていることに気づいた。


「妹じゃない・・・・あ、そうか・・・・妹じゃない」

「そうだよバンちゃん・・・・妹だけど、妹じゃない」

「中身はブラコンの妹だけど、外見は同級生に片思いするお嬢様か」

「狙ってる相手は同じなんだけどね」

「ややこしい・・・のか?」

「もしかして私達、余計な事しちゃったかな?」


 ん?中身と外見が同じ相手を狙っているというのなら、別になにもおかしくないような気がするぞ、と万は内心思う。


 しかしやっぱり、恋の対象が同じでも、恋する気持ちが同じでも、あの二人の恋の形は違いすぎる。真央の透に対するキツイ当たり方は、もしかしたらその恋の形が歪んだ故に生まれたのかもしれない。禁断の恋の弊害とも言える。


 しかし・・・入れ替わりによって禁断の恋が実る可能性が出てきた。

 しかも入れ替わりの相手も同じ奴を好きときた。


 寧々子が今まで妹として好き勝手やってきたように、今度は真央がお嬢様として暴走を始めるだろう。


 透に対して静かに同情する横で、ワコちゃんは恐ろしい速さで寧々子と真央にメッセージを送る。あまりにスマホに集中していたのだろう。目の前の電柱に気づかなかった、ワコちゃんの「ワプッ」という声が響いた。

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