第8-4話 ワンコはチュロスの避け方と食べ方を知らない

「お〜い。寧々子ちゃ〜ん」

「あら、お帰りなさい」


 トイレから戻ってきた俺を、鳳来は暖かく迎えてくれる。しかし俺の手にある二本の棒に気づくと、目を細める。


「なんですか?それ?」

「チュロス。美味しそうだったから・・・・はい!」

「・・・ありがとうございます」


 意外と喜ばれない。

 やっぱりこういった砂糖いっぱいの菓子を女子に安易に渡すのは良くないのかもしれない。男子でも糖分とか気にしてる奴いるし・・・・


 まあでも、これでパジャマ代を半分出してもらった俺の罪悪感は多少消えたし、ここは強引にでも食べさせて良かった。


 鳳来はその小さな口で、というか、あまり大口を開けないように気をつけながら、モッモッとチュロスを頬張る。そういえば真央も小さい時はこんな食べ方をしていたな、と考えながら鳳来がチュロスを楽しむのを楽しむ。


「ほんと・・今日はありがとな。おかげで良いプレゼントが買えた」

「いえいえ。こちらこそ買ってもらっちゃって・・・」

「いえいえ。どういたしまして。お誕生日おめでとうございます」


 えへへ、と二人で笑い合った後。少し沈黙が流れる。

 しかし鳳来が頑張ってチュロスを食べる姿をみていたからか、別にその静寂は気まずくなかった。


 砂糖付き棒を食べ切った鳳来は口を開く。


「拝堂くんは本当に真央ちゃんを大事に思ってるんですね」

「当たり前だ。お兄ちゃんだからな」

「ふふっ。真央ちゃんは幸せ者でしょうね」

「へへ。あいつは本当に可愛いやつだからな。頭も良いし、運動もできるし。最近は俺に当たりが少しキツイけど、多分あっちも俺の事をそんなに嫌ってるわけじゃないと思うんだよ。まあそんな素直じゃないところも可愛いんだけど。ほんと、妹じゃなかったら結婚したいくらい大好きだよ」

「・・・・・・・」


 俺の返答に対して鳳来は突如として黙りこくる。

 気持ち悪い発言への返しが見つからないのか、辺りをキョロキョロ見渡して困惑の表情を見せる。


 あ・・・やべ・・・キショ発言しちゃった・・・・


 急いで俺はおちゃらけて見せる。


「なーんて、冗談冗談。こんなキモ発言してるからあいつに嫌われるのかもな・・・」


 しかし完璧お嬢様に対しておちゃらけは効果がなかったようだ。

 もう困惑の色を捨てた彼女の綺麗な瞳は、至って真剣な眼差しが、俺を見据える。

 俺もつられて視線を外せなくなる。

 お嬢様は耳と頬を、まるでそこの薔薇が咲いたかのように、真っ赤っかにさせながら、一言ボソリと呟いた。


「キモくないよ・・・・素敵だよ・・・・」

「ん?どうした?鳳来?」

「ん・・・いえ、なんでも・・・・そろそろ帰りましょうか」

「そうだな・・・・」


 駅の改札に着くと、お嬢様はもう一度お礼を言ってくる。本当にしっかりとした人だ。


「じゃあ、今日は本当にありがとうございました」

「いえいえ、礼をいうのはこちらの方」

「ん・・・?ああ、そうか。えへへ・・・・あ、そうだ、帰る前に・・・」


 改札を通ろうとする俺に、お嬢様はちょいちょいと近くにくるように手招きをする。

 なんだろう?と思いながら近寄る。

 またまたお礼でもされるのかと、ちょっとくどいなと思いながら近寄る。


 その瞬間。その一瞬。

 それは起こった。


 お嬢様は近寄ってくる俺の肩にそっと手を乗せ、そこに体重をかけて、グッと爪先立ちをする。突然の伸し掛かりに俺の肩は落ちて、バランスを崩さないように咄嗟に膝を曲げる。そして少し前屈みになったものだから避けようがなかった。


 膝を曲げた俺の視界に、爪先立ちをするお嬢様の紅潮した照れ顔が入る。

 そのスローモーションの中、俺の意識は頬に当たる柔らかい感触で覚める。


 一瞬、暖かく、柔らかく、ゾクッとする感触の後。頬の内側に熱が移る、相反して外頬に少しだけ冷たい感触が残る。

 風が吹いて、その唇の触れた箇所がヒンヤリとする。


 そして同時に耳の真横に吐息が吹く。

 お嬢様の声。しかし今回だけに限っては、まるでノイズキャンセリングイヤホンを付けているかのように、彼女の声が俺の脳と鼓膜を揺らす。


「ありがとね、トオルくん」


 バクバクした心臓を抑えながら、俺は慌てて後ずさる。

 俺は今、どなんな表情をしてるだろうか?


「どっどどどど、どういう事だ!?キキキキ、キス!?」

「あはは。もう・・・動揺しすぎですよ。ただの挨拶です。フランスでは日常茶飯事ですよ」

「ここは日本だ」

「ふふ・・・じゃあ、また学校で」


 お嬢様はイタズラな顔でお迎えの車に乗り込む。

 未だ心臓の鼓動を整えている俺は、ただぼーっと立っている事しかできなかった。


 頬を手の平で拭う。

 当たり前だが、拭っても手になにかが付くわけではなかった。

 でも、未だ熱い頬の内側から伝播したかのように、手の平もほんのり熱くなった。


 キスされちゃった・・・・・鳳来に・・・・

 どういう事・・・・?

 フランス流・・・・?

 どういう事?

 鳳来・・・・

 鳳来・・???


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