第8-3話 ワンコはチュロスの避け方と食べ方を知らない

 寧々子と透のいる店のそばにあるマッサージチェアに、今回の作戦の協力者であり、生出ワコのいとこでもある、ヨロズ知義トシカズは揺られている。変装のためキャップとサングラスをかける、万の目の間にニュッと作戦を成功させてきたワコちゃんが顔を覗かせる。


「バ〜ンちゃん!上手く行ったよ。これで二人っきり」

「そうか。写真も送ったか・・・?ってなんでチュロス持ってんの?」

「えへへ〜。美味しそうだったから。買っちゃった」

「はあ・・・たくっ・・・・それで写真は送ったか?」


 渡されたチュロスを頬張りながら、万はワコに確認する。同じく口一杯にチュロスを咥えるワコちゃんはグッと親指を立てた。


「モグモグ・・・んぐっ・・・・でもあの写真で気づくかな?寧々子ちゃんの誕生日が明後日ってこと。やっぱりもう少しわかりやすい方が良いんじゃない?」

「いや・・・拝堂なら気づくだろ。あいつはそれくらいには賢い奴だ。それこそ入れ替わりについても自力で気づいてただろ?」

「モグモグ。そうだと良いけど・・・ってバンちゃん!ポロポロお砂糖溢れてるよ。もう〜服が汚れちゃう〜」

「いいよ・・自分で拭くよ。・・・・ちょっと、おい!!やめろよ!子供扱いするな!!」

「あらあら、うふふ・・・じっとしてて〜」


 ハンカチで甲斐甲斐しく万のおこぼしを拭き取るワコちゃんに、情報屋は睨みをきかす。 高校二年生にもなって、こうやって母親面をしてくるワコちゃんは、万にとって目下の悩みでもあった。


「じゃあ、後は二人が頑張るだけだね〜。仲良くなれると良いね〜」


 マッサージチェアに揺られながら、ワコちゃんは透と寧々子の成功を祈る。しかしワコちゃんの揺れる身体から目を背ける万は、その眉間にシワを寄せている。


「そうだな・・・二人だけのままでいてほしいけどな・・・」

「ん〜・・・どうしたの?バンちゃん?心配事?」

「いや・・・ちょっとな、最後の最後の最悪の想定。この作戦にとって最も予想できない事が一つあるだろ?」

「なーに?」

「入れ替わりだよ。入れ替わり。あれがなかったらただの恋愛で終わるのに、あれのせいで滅茶苦茶にややこしくなってんじゃねーか」

「う〜ん・・・きっと大丈夫だよ。だって私とバンちゃんがついてるからね。ふふふ・・・・」


 聖母のように笑うワコちゃんは、手に持った砂糖付きの棒を二口で食べ終えた。


 ー


「これどう?」

「良いんじゃないですか?」

「これも似合いそうじゃん?」

「そうですね」

「これは?」

「それも」

「なになに?寧々子ちゃーん。全然ノリ気じゃないじゃーん!」

「だから、何度も言ってるように、私用のプレゼントは必要じゃないので・・・・」


 とりあえず目についたパジャマを鳳来の身体に当ててみるも、なかなか良いのが見つからない。そもそも鳳来が乗り気じゃないので、こっちもノリに乗れない。


 結局あの後、鳳来の誕生日が近いと知った俺は、彼女のプレゼントも一緒に買う事にした。今回のショッピングの手伝いのお礼と、純粋に祝ってやりたいからだ。


 無表情な鳳来にめげず、俺は似合いそうなパジャマを見繕っていく。


 鳳来よ、あの『不敵な笑み』でも良いから、せめて笑っておくれ。もしくは目を瞑っててくれ。パジャマに相応しい表情は、笑顔か寝顔しかないのだから・・・


 まるでモデルがカメラのシャッター音に合わせてポーズを帰る時のように、どんどんリズム良く、多種多様なパジャマを鳳来の身体に当てて行く。


 もしかしたら一緒に服を買う時の母もこんな感情なのだろうか?

 無機質なモデルに対してテンションを上げながら、服の良し悪しを判断するのはかなり疲れる。 もう着せ替え人形で遊べる年齢じゃなくなってるみたいだ。反応が恋しい。


「そういや、寧々子ちゃんって普段は服とかどーしてんの?」


 小休止のため尋ねてみる事にした。

 そしてその返答は概ね予想通りだった。


「そうですね・・・あまりこういう所に買いにくる事は少ないですね。たまに家の方にデザイナーやブランドの方が来ますので・・・・」

「あー・・・なるほどなるほど。だから寧々子ちゃんオシャレなんだなー」

「そうですか?お洒落に見えますか?」


 ここでやっと鳳来が嬉しそうにする。お世辞とおべっかは使いようだ。

 それに合わせて見繕いを再開させる。


「よし!ならば、これはどうだ!?」


 鳳来の身体に当てる前に、肌触りで確信する。さっき手に取ったライトグリーンのパジャマだ。鳳来にギリギリ触れない距離で、そのパジャマはピッタリと彼女の身体に重なり合った。


「お・・・・?結構良いんじゃない?」

「そう・・・ですか・・・」


 思わず声に漏れる程に、そのパジャマは彼女の雰囲気とマッチしていた。

 似合っている、というか、もうこれ以上のものは見つからないと思うほどの大正解だ。

 鳳来も鳳来で目線を下に落とし、パジャマを観察する。彼女も気に入ったようだ。心なしか、嬉しそうな表情をしている。


「じゃあ・・・・これでいこうか。ハッピーバースデー、寧々子ちゃん」

「いやいや。本当に大丈夫ですから」


 ここに至って未だ鳳来は遠慮する。

 少しくらいカッコいい所を見せて欲しいものだ。

 それこそ、鳳来には世話になっているのだ。デレデレの真央を演じてもらっているのだ。まあ・・・・最近は少し怖いが・・・・


「じゃあさ。これの色違いを真央にも買いたいからさ。真央の分の方を半分出してくれよ。このグリーンは俺から寧々子ちゃんに、ピンクの方は俺と寧々子ちゃんから真央にって事で。しかもほら!一着買うと、もう一着が半額らしいし」


 ここは俺も引き下がれないから懇願する。手を合わせながらヘッドバンキングをしたら、流石の鳳来も折れてくれた。


「まあ・・・そういう事なら・・・ふふ、ありがとうございます」


 鳳来は笑った。

 それもまた初めて見る、ドキッと胸が鳴る笑顔だった。

 このアロマ香る小洒落た店を、軽く覆い尽くしてしまうほどの甘い香りを放つような、そんな微笑みだった。

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