第8−2話 ワンコはチュロスの避け方と食べ方を知らない
余計な事をするべきでないのは分かっている。しかしその可愛らしいパジャマ姿に、思わずその少したるんだほっぺを撫でなたくなるワコちゃんの笑顔に、目を奪われたのは確かだ。目の前に突如として出現した、鳳来のチョップに反応できなかった。
「ワプッ!!」
「ほら、よそ見は厳禁です。真央ちゃんに似合う服を買ってしまいましょう」
「はい・・・・ごめんなさい」
ワコちゃんを試着室に置いていき、鳳来はテキパキと服を見繕っていく。あまりの判断力と決断力の高さに感心しながらも、俺には一つだけ気になる事があった。
「ところでなんだけど・・・・鳳来って俺の妹の名前知ってんだな・・・?」
「そ、それは・・・・いつもいつも、拝堂くんから聞かされていますので」
「そうだったっけか・・・?ま、良いか。それじゃ、なんで真央は名前呼びなの?」
「そ、それは・・・ややこしいじゃないですか。拝堂くんも真央ちゃんも拝堂なんですから」
「じゃあ俺が名前で良いじゃん。鳳来は妹に会った事ないだろ?」
「会った事は・・・そうですね。ないですね、ないです」
鳳来はあくまでシラを切るつもりのようだ。
ん?いやでも、中身が入れ替わっているだけで、直接会った事は確かにないのかもしれない。
ぶっちゃけ鳳来と真央の関係については分からない事の方が多い。
「それで?俺の名前は読んでくれないのか?」
日頃の仕返しに少しからかってみることにした。
これで読んでくれたら仲が深まったようで嬉しいし、このお嬢様を困らせる事ができても万々歳だ。
さて、鳳来よ。今の君は君自身だ。君はどんな反応を見せる?
期待するも、鳳来の反応はそっけなく。いつもの学校で見る、全てにおいて完璧な、凛とした大人な対応をされる。否、諭される。
「良いですか、拝堂くん?私達は高校生で、しかも男女です。節度ある関係を保たないといけないのです。そんなにポンポンと下の名前を不躾に読んではいけないのです。そう言うのはもっと深い関係になってからです」
「はあ・・・・妹は良いのに?」
「特例です」
「でもさでもさ。海外では普通に名前で呼び合うじゃん。苗字なんかで呼ぶからややこし苦なっちゃうんじゃないの?」
「ここは日本です」
「じゃあこれは?」
鳳来に反論しようと近くにかかっているモコモコのパジャマを手に取る。肌触りが最高だ。
「ず〜と気になってたけど、ルームウェアってなんだよ!パジャマとは?部屋着と寝巻きだろ?サムライ魂を思い出せよ〜!!」
「それは海外の商品だからです。差別化という奴ですね。というか論点がズレてます。私が言いたいのは日本の文化を尊重しろということではなく、私個人の価値観の話です。私的には男の方は、敬意を払って苗字でお呼びしたいのです」
「じゃあ・・・俺が鳳来の事を名前で呼ぶのは良いのか?」
「まあ・・・それが拝堂くんなりの敬意というのならば・・・・」
鳳来はプイッとそっぽを向く。もう議論は終了だと言わんばかりに、真央への寝巻き・・・パジャマを探しに行く。
取り残された俺は、掴んでいるライトグリーンのパジャマのシワを伸ばし、棚へと戻す。しかし棚に戻す前に、もう一度だけ親指を除いた四本の指で、生地をスーッとなぞる。
やはり素晴らしい手触りだ・・・くそ!レディースじゃやなければ、自分用に買ってたのに・・・・
悔しい思いも何もかも、モコモコパジャマの中に包み込まれて行く。するとその至福の時間を遮るように、ポケットの中のスマホが三回短くブーっと鳴っ他。
それは試着室にいるはずのワコちゃんからのメッセージだった。
『ごめんなさ〜い。急用ができたから、帰らないといけなくなっちゃった!』
『寧々子ちゃんとショッピング楽しんでね!』
『あ、あと、この前の入れ替わり中の真央ちゃん(真央in寧々子ボディ)の写真、フォルダに入れておいたから』
おいおい、ワコちゃんよ。ここまで来て、俺と鳳来の二人っきりにさせるつもりか?
会話がもたないぞ?
そもそも鳳来も俺と二人で楽しめないだろ〜。
文句を言っても当の本人であるワコちゃんの姿はもうなかった。鳳来との議論に集中し過ぎたようだ。
ああ〜もう仕方ない!二人で頑張るしかねぇ!!
物分かりは良い方なので、すぐに切り替える。腹をくくり、あの完璧お嬢様とショッピングを楽しむ決意を固める。しかしその前に・・・・送られてきた真央(入れ替わり)の画像でも見て英気を養う。
フォルダを開く。最初に目についた写真は鳳来、真央の入ったお嬢様、が巨大なトラのぬいぐるみに包まれて眠っている写真だった。ピンクと白のボーダーのパジャマを着こなし、少し口を開けながらすやすやと眠るその姿は、いつか動画で見たラグドールの子猫よりも、俺の心をキュンキュンさせた。
カワッ・・・・鳳来の容姿も相まってだけど、この中身が俺の妹だと思うと数段ヤバイな・・・って、あれ?
食い入るように画像を見ると、そこに飾ってあるカレンダーに目が止まった。鳳来の部屋のカレンダーだから、当然のように鳳来の予定が記載されているのだが、そのカレンダーの右下、今日から二日後の枠に大きな花の絵が描かれている。シルエットと色的に薔薇のその花を注意深く見つめると、その下に小さく文字が綴られている事に気づく。
『寧々子 誕生日』と書かれている。
俺は、帰ってしまったワコちゃんを恨みながら、同時に感謝した。この画像を送ってくれてありがとうと。これで鳳来と話す種が増えた。
フォルダをしっかりと閉じ、万が一にも鳳来の目に入らないようにしてから、俺は鳳来を探す。
「あ、いた!鳳来・・・」
二つ棚を挟んだ先にいる鳳来を呼ぼうとするも、考え直す。呼び方について。
そうだ!許可も出たんだし、どうせならもっとフランクにいってやろう・・・・
「ね〜ね〜こ〜ちゃ〜ん!!どうやら二日後に誕生日らしいじゃないですか!?」
突然の呼びかけに驚いたのか、鳳来は肩をビクッと揺らし、こちらを振り返ってきた。
「あら・・・・・知ってたんですか?」
その落ち着いた声に、またあのニコリと怖い『不敵な笑み』をされると覚悟したが、いきなり呼びかけたくらいでは怒らなかったようだ。
その代わり完璧お嬢様は、その元から大きい綺麗な目を見開き、なぜか口をヒクヒクさせながら、今まで見たことの無い笑顔を見せてくれた。ローズピンク色に染めた頬と共に。
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