第9話 よく寝かせる事でほう醇な果実は出来上がる

 もう待てない。ああ、もう待てない。

 いや・・・・ダメだダメダメ。もうちょっと待て。あと数時間ちょっとで我が家の愛されキャラ家宝が起きてくるんだから。


 ああ、でも待てない。どうしようかな・・・もう渡しちゃおうっかな、プレゼント。


 時計の針は午前2時を指す。

 クリスマスまで後ちょうど3ヶ月だというのに、俺は今夜サンタクロースになるかもしれない。


 真央にプレゼントを渡すのが楽しみでしょうがない。ここ数年は、真央が寝てる間にこっそりと渡していたが、今年は直接渡して上げたい。


 せっかく鳳来と・・・一応ワコちゃんが選ぶのを手伝ってくれたのだ。しっかりと面と向かって真央の生誕を祝ってあげたい。


 鳳来・・・・・


 ああ、やばい思い出してしまった。

 未だあの時の唇の感触が頬に残る。思い出すだけで頬がほんのりと熱くなる。熱が伝播するかのように、顔が赤くなる。


 本当になんだったの〜・・・

 あれか?

 お嬢様特有の、ご機嫌よう代わりのチークキスか?

 鳳来はフランス式とか言ってたけど・・・まさかあのお嬢様があんな事をするなんて・・・・


 鳳来の顔が頭によぎる。


 あれ?もしかして、俺、からかわれたのか?

 鳳来って意外に茶目っ気ガールなのか?


 そうだ茶目っ気ガールだ。

 そうすると真央の中に入っている時の鳳来の言動にも納得が行く。

 あいつも可愛いところがあるじゃんか・・・・


 深夜テンションと明日へのソワソワで悩みを吹き飛ばす。

 考えすぎないように今夜は早く寝たいところだ。


 はい。おやすみなさい。寝ます。寝かせてください。


 布団を頭までかけて枕に頭をグリグリさせる。

 枕につぐタグが俺の頬をファサァとなぞった。


 そしてフラッシュバック。


 ああ、柔らかかったなぁ・・・・・



 ー


「真央ちゃん!16歳おめでとう〜!!」


 ベッドから飛び出して、いの一番に真央の部屋を尋ねる。

 もう待てない。

 本当はもっとロマンチックに、サプライズ的に、そもそも夜のパーティーまで待つべきなのだろうが、もう渡してしまいたい。


「ま〜お〜ちゃん。開けてく〜ださい!!」


 最高のプレゼント片手にドアをノックする。

 数分待つと、扉がガチャリと開く。

 寝起きなのか、少し眉間にシワを寄せた真央が出てくる。


「・・・・・・何?」

「はいこれ、プレゼント!!お誕生日おめでとうございまーす!!」

「・・・・・」

「じゃあ、歌いまーす。ハッピーー」

「そういうの良いから。どっかいって」

「ふぇぇ〜」

「うざっ」


 俺はもっと真央とお話ししたいというのに、しっしっと追い払われる。

 涙を堪えながら「ああ、今日の真央は正真正銘の真央だ」と内心少しだけホッとする。


 ドアノブにかかった俺の手をつねり、真央は扉を閉めようとする。

 しかしそんな真央の姿に俺はある疑問が浮かぶ。


「ん・・・?あれ?お前、ちゃんと寝てるか?」

「・・・・なに、いきなり?ちゃんと寝てるよ」

「いや、だってなんか髪の毛キレイじゃね?お前、寝起きはボサボサじゃん」

「ど、どうでも良いでしょ。今日はたまたまこうなっただけ。なに?キモい!出てって!!」

「いやいや。よくよく見るとうっすら化粧もしてない?なに?どっか行くの?」

「どっか行け!」


 バタンと扉が閉まる。

 休日と誕生日が重なったから1日かけて祝ってやろうとしたのに、どっか遊びに行っちゃうのか・・・・


 あいつめ。俺は早く真央のパジャマ姿が見たいのに。

 でもよくよく考えたら、出かけないとしてもパジャマ姿は夜にならないと見れないな。

 ああ、果報は寝て待てとはこの事か・・・・


「違うわよ。それなら『首を長くして待つ』の方が正しいわよ。ほら、早く顔洗ってきちゃいなさい」


 まるで俺の心を読んだかのように、台所に立つ我が母上が訂正してくる。

 今日はオフの日みたいだ。


 そしてダイニングテーブルに、座る父親の姿にも気づく。


「あれ、親父さんじゃないですかー。なに?帰ってきたの?」

「帰って来たからここにいるんだろうが。久しぶりだな、我が息子よ」

「お久しぶりでーす」

「どうだ?最近は?」

「質問が雑だな」

「だってお前に聞くことないんだも〜ん」

「はいはい。どうせ真央に会いに来たんだろ」

「当たり前だろ。どんなに重要な会議よりも我が家の宝の誕生日の方が優先されるに決まってる」


 俺のシスコンはこの父親から遺伝されている。


 この父親。俺の誕生日の日にはメールを一文だけのくせに、真央の誕生日には必ず帰ってくる。しかしそれだけの愛を注いでいるというのに、未だ真央の思春期バリアを破れずにいる不憫な男だ。


「今回はどれくらい居るの?」


 コーヒを啜る父は、さらりと俺の質問に答える。


「いないよ。今日の夜には帰る」

「日帰り!?」

「仕方ないだろ〜。今、繁忙期なんだから」

「よく帰ってきたな」

「黙って抜け出してきた。1日くらいならバレないだろ。ああ、でも移動時間いれたら2日くらいか」

「おお・・・・ナイスガッツ」


 それくらいしか言える事がなかった。

 クビにならない事を祈っておこう。


 久々の父を見ながら朝食を食べていると、ワコちゃんからメッセージが来る。

 このメッセージが不思議なのだが、ここ数日間ワコちゃんは同じ質問をしてくる。

「真央ちゃんについて、何か変な事ないです?」と尋ねてくるのだ。


 このワコちゃんの言う『真央ちゃん』というのは、真央in真央の事なのだが、ワコちゃんは何が知りたいのだろうか?


 変な事・・・・寝起きに髪が整えられた事は該当するのだろうか?

 いや、しないな。しない。


 だから今日も俺は『特になし。どうした?』と返信するしかない。


「お?誰だ?彼女か?」


 スマホを弄っていると父が画面を覗いてくる。そういう行動が思春期にとって一番のNGだと言う事を、なぜ理解できないのだろうか?


「違ーよ。友達」

「ふーん・・・・友達ね〜」

「ちょっと。ニヤニヤしないでくれる?」

「なに?なに?どんな子?」

「あ、ちょっとやめろよ」

「うわ!可愛い!!」


 クソ親父は、俺のスマホを強奪してワコちゃんのアイコンを見る。たんぽぽ畑に座って『うふふ』と笑うワコちゃんの画像は、まるで漫画の見開きのようだ。


「お前・・・・これは競争率高いだろ」

「内の高校で一番モテる子」

「やっぱそうか〜・・・この子はお前にゃ無理だろ。流石に学校一の美少女は無理だ」


 首をブンブン振る父を叩きそうになるも、グッと堪える。そもそも叩く前に、父の発言には一つだけ間違いがある。


「いや、学校一の美少女はこの子じゃないよ。もう一人レベチの奴がいる」

「嘘だろ・・・レベル高ーな。おい」

「ちなみにそいつ、俺の隣の席」

「眼福だなー!おい!!」


 野郎トークに花を咲かせていると、母が突然『んんっ』咳払いをしてくる。視線を誘導された方に向けると、そこには黒髪ロングの我が家一番の美少女が立っていた。


 その少女はまるでゴミを見るかのように、俺と父を睨む。


「おはよう真央。そしておめでとう」

「お、おはよう・・・久しぶりだな。元気か?」


 ぎこちない笑顔で父は手を振る。

 母は慣れた顔つきで、マグカップと共にテーブルに座った。


 鋭い眼光を保ったまま、下らない話を朝っぱらからする俺らを軽蔑するように、真央も食卓へと着いた。


 無言のまま、真央は母の正面。俺が父の正面。父と母が隣り合わせで座る。

 久々に家族四人で食卓を囲んだ。

 悪くない。


「それじゃ、どうぞ」

「「「いたただます」」」


 母の合図でそれぞれが食事を始める。楽しい楽しい食事の時間が始まる。


 しかしその放置しすぎてもはや茶色になったバナナを手に持ったその時。俺は真央に足を思いっきり踏まれる。やはり神聖なリビングで邪な話をした罰なのだろう。真央は睨みの奥に怒りを携えながら、父と母には聞こえない程の音で、もしくは俺の心にだけ聞こえる音で、チッっと舌打ちをした。

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