第9-2話 よく寝かせる事でほう醇な果実は出来上がる
十六本の蝋燭の火が、俺の可愛い可愛い妹ちゃんの吐息で消えた。
家族からの熱烈な拍手に、真央はぎこちない笑顔で答える。
祝ってもらうのは嬉しいがはしゃぐような年齢ではない事をわかって欲しい、と言いたげな顔だ。
そんな我が家の姫様の心境は、我が家の誰もが知ってるだろう。知った上で、迷惑だと気づいた上で、俺たちは祝いたいのだ。真央には悪いが、いつまで待ったところで俺達が真央の事を子供扱いする事を止めない。未来永劫、ずっとずっと。
そして姫様へ貢ぎ物・・・贈り物を渡す時間がやってくる・・・・俺は待ちきれずに渡してしまったが・・・・
母からは良い感じのブランドのコート。父からは大量のぬいぐるみと金一封が贈られる。
母のプレゼントはやはり好評だったらしく、真央の綻ぶ顔が見られた。
一方で父のプレゼントに対して、真央は終始無表情で対応した。一応は気を使っているのか、『ありがとうございます』と一言だけ父に伝えていた。
そんな突き放されたような対応だったものの、余程うれしかったらしい。父は涙を流しながら、真央に感謝された事を喜んでいた。勤務先での情緒が少し不安になる。
ケーキとディナーとプレゼントを楽しんだ後に、嫌がる真央を押さえつけてホームビデオを見る。これも毎年恒例の行事だ。
ビデオの中で俺の事を『おにーたん』と拙気に笑う真央の姿がとても愛らしい。見てるだけで胸が苦しくなる。愛苦しい。
しかし嬉しいかな、最近は真央に良く『おにーちゃん』と呼ばれる事が多いのは、両親には内緒だ。まあ、それを言うのは真央の中に入る鳳来なんだが・・・・
そんな事を思ってるのも束の間。家族団欒の時間も短く、父親のタイムリミットが来てしまう。今度は悲しみの涙を流しながら、息子と愛娘との別れを惜しむ父が、母によって空港に送られる。
『やっと解放されたと』自室に戻る真央と、俺だけが家に残される。
この時、俺は気づいていなかった。
気づかなかったのか俺が見ていない間の変化だったのかは不確かだが、真央の中に眠っていた鳳来寧々子は、ずっとこの時を待っていたのは確かだと思う・・・・・
・・・・・・・・・・
あの裸エプロンからもう一線、鳳来は次のラインを踏み越えてきた。
パーティーの片付けもひと段落つき、俺は風呂に入ることにしたのだった。
今日は特別な日だし、ちょっとお高めな入浴剤、入れるだけで浴槽が泡風呂に早替わりな『アワアワくん』を使いながら鼻歌を歌っていたら、彼女は現れた。
ガラガラガラと浴室の扉が勢い良く開く。
なんだ?なんだ?と扉の方へと目を向けると、そこには真央が、妹が立っていた。16年前のホームビデオにも映っていた、生まれたままの姿の妹が。しかししっかりと16年分の成長をした肉体と共に。そして何故か、その長い黒髪を二つに束ねて立っていた。
「お、おにーちゃん。一緒に入ろ!!」
一応は神秘なる部分をタオルで隠す妹は、テヘッとウィンクをしながら浴室に入ってくる。
開いた口が塞がらないから、上手く言葉を発音できない。
「なんああなああな〜に、やってんのじゃ!?おどれ!?」
「あは。お兄ちゃんどうしたの?」
何事もないかのように妹は飄々としている。
しかし浴槽の外から見ても、中から見ても、家の外から見たって、どこの画角から見ても高校生の兄妹が一緒に風呂に入るこの光景は異様にしか見えない。
「なんで入ってきたの!?」
「一緒に入ろ?」
「いやいやいやいいや・・・え!?なに!?え!?」
「もう〜どうしたの?ほら詰めて。入れない」
壊れたAIアシスタント以下の語彙しか持ち合わせない俺を、妹は端に寄せる。
そして俺に背中を見せるように、出来たスペースにその華奢な身体を押し込んでくる。
浴槽から溢れる水と泡の音でやっと我に返った。
「いやいや!!ダメだから!!出ていきなさい!兄と妹は一緒に風呂に入らないから!!」
「え〜昔は入ってたじゃん」
「・・・そりゃあの時は良かったけど・・・良い?俺達はもう成長したの。家族相手にも隠さないといけない事ができちゃったの」
「なんか、言い方がイヤラシイ」
「イヤラシイ事してんのはそっちでしょうがぁああ!出なさい!お兄ちゃん命令です」
「出ていきません。兄貴もここにいて。妹ちゃん命令」
何が妹ちゃん命令だ、お前の中身は完璧お嬢様だろ、と思わず叫びそうになる。
いや、もう叫ぶべきなのかもしれない。
真央には止められているが、流石にこの一線を許しても良いものなのだろうか?
俺だから、お兄ちゃんだから良かったものの、まさか他の奴にはやってないだろうな?
もし鳳来が真央の身体を使って、日常的にこのレベルで好き勝手してるとしたら、制裁が必要になってくる。
「良いか?妹よ。俺たちは兄妹だ。互いに赤裸々に晒し合える仲だ。でもな、こんな事されると心配になっちゃう。あれ?俺の妹、恥じらいって概念を習得できなかったかな?って。ちゃんと常識的な羞恥心を持って成長した妹ちゃんの方が可愛いし、好きだぜ」
「なにそれ・・・・おにーちゃんは今の私のこと嫌い?」
潤んだ目で妹はこちらを振り返る。浴槽を泡だらけにした自分にイイネを送ってあげたい。大量の泡で妹の慎ましい双丘が隠れてくるからだ。
「嫌い?」
再び聞かれる。
今にも泣きそうな表情で。
そんな目で聞かれたら、兄としては否定などできない。
そう思うと今日の妹は、いつもよりも纏っている雰囲気が弱いような気がする。
普段よりもなんというか・・・・オドオドしている?いや、気のせいか・・・
「好きだよ。大好き。でもどんなに大好きでも一緒に風呂には入らないの。ほら、そのきめ細かい白い肌が俺なんかと入ったら、燻んじゃうぜ」
「ふふ・・・なにそれ・・・」
シャボン玉が割れる時のように、真央の潤んだ目はパチンとご機嫌に変わる。そして俺の言う事に納得してくれようで、ザバアと泡泡な浴槽から立ち上がる。
妹のキュートなお尻が目の前に出現したが、すぐに目を閉じたので安心して欲しい。
暗闇の中で、浴室の中で、小悪魔な妹の、天使のような声が反響する。
「わかりました〜。からかいすぎたね、ごめんね・・・・ありがとね」
ガラガラガラと浴室の扉が開く。
やれやれ、と目を開けると、扉の奥の洗面所に未だ妹が立っているのに気づく。裸のまま。
そしてその手には、ローズピンクのモコモコな何かを持っていた。
俺からのプレゼント、ピンクパジャマだ。
どうやらまだ懲りていないようだった。
天使のような笑顔で、妹は悪魔の囁きをしてくる。
「じゃあ、お風呂は諦めるから・・・・パジャマ着せて?」
鳳来のくせに、妹の身体に入っているだけの同級生のくせに、その妹ちゃんは、俺のツボをしっかりと理解していた。
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