第9-3話 よく寝かせる事でほう醇な果実は出来上がる

 プレゼントも無事に渡し、パーティもつつがなく終わり、あとはもうベッドの中で目を瞑るだけだと思っていた。


 それなのに、いま俺は、洗面所で目を瞑りながら、気功でも出すように両手を前に突き出してそろりそろりと歩いている。手に持つのは妹にあげたパジャマ。向かう先は、裸ん坊の妹ちゃん、中身は鳳来寧々子。


 目を極限まで細めながら、妹の肌を見ないように細心の注意を払って近づいて行く。


「・・・・んんっ」

「・・・!!」


 なにかヒンヤリとした、柔らかい感触が指先に爪先に当たる。恥ずかしさとエロスの合わさった音の壁にも全身がぶち当たった。思考と身体が硬直する。

 少しばかり下品な話だが、俺の下半身が特に硬直しそうになる。

 すまん・・・・ごめん・・・・兄なのに・・・

 ああ!しっかりしろ透!!妹に対して欲情なんてするなよ。最低だぞ!!


 心を落ち着かせて、俺はやはり目を開けることにする。目を閉じていたら、やれる事もできない。一瞬だけ目を開けて、一瞬で終わらせてやる。


 よーし、3・・・2・・1・・GO!!


 光と共に視界に入ったのは、まるで鏡合わせのようにこちらを向く真央の身体だった。妹も目を瞑っている。できる事ならそのまま目を瞑ってて欲しい、多分俺の顔も真っ赤っかだから。


「バンザーイ!!」

「ふぇ!?」


 邪念を払うために思わず叫ぶ。着替えをさせる時の魔法の呪文だ。

 効果はテキメン。妹は身体をビクッと揺らした後に、その補足白い腕をピンっと上に垂直にあげる。


「バンザーイ!!バンザーイ!!バンザーイ!!バンザーイ!!バンザーイ!!」


 俺は叫び続ける、同時にNBA選手のダンクばりに、パジャマを上から振り下ろす。


 昔の血が騒いだからだろうか。パジャマの内側の生地が、外側と違いスベスベだったからだろうか。時間にして僅か0.2秒。一か八かの賭けには勝ち、妹の絶対不可視領域を視界に納めずパジャマの上着を着せることに成功した。


「ふぅ・・・・やってやったぜ・・・」


 一仕事を終えて、ヘタリと座り込んでいると、次の悪魔の囁きに襲われる。傍にはパジャマのパンツが落ちている。


「じゃ、次は下お願い」


 下をお願い??


「いやいやいやいや・・・・なにを言ってるんですか・・・・下は自分で履いてくださいよ」

「ん〜?? さっきも言ったけど、やってくれないならこのままの格好でお兄ちゃんのベッドに潜り込むよ」

「なんなんだよ〜・・・・なにが目的なんだよ〜」

「やるの?やらないの?」

「やればいいんでしょ?!」

「じゃ・・・きて・・・・」


 背中越しの妹が、俺を待っている。


 ・・・・ん?つーか、ちょっと待てよ・・・・


「妹ちゃん妹ちゃん。パンツは?下着の方のパンツは?まさか直でパジャマのズボンを履くわけじゃないですよね?」

「履くわけないじゃん」

「そうですよね。そんな事をするのは、加齢臭の猛攻に負けたオヤジだけですもんね。それでパンツは何処に・・・?」

「ここだよ」


 頭上に白い布を投げられる。ファサァと俺の顔にかかったそのカーテンからは、うちの芳香剤の香りがした。


「パンツを投げるのをやめなさい!!」

「履かせて?」

「え?バンツくらいは自分で履かないの?」

「履かせて」


 流石に下に至っては、あられもない姿を隠してくれると思ったが、そんな希望は、はかなく散った。


 さて・・・どうする?

 下は上と同じようには行かないぞ。

 ステップとしては、それぞれの足を穴に通さないといけない。超スピードで終わらせる事は不可能。こっちは目を瞑りながら手探りでやるしかない。

 しかし手探りというのもリスキーだ。下には絶対不可視領域であり、絶対不可侵領域である部位がある。『手探り』という単語もなぜかエロく感じてしまうほどに、おそろしい領域がある。


 足を通して、一気にグイッだ。

 一気にグイッだぞ・・・・


 再び暗闇に身を投じて妹の方に向かって這う。


「ひゃ!!」


 足を捕まえる。

 右足、左足を持ち上げて、パンツの穴を足に通す。

 良し・・・ここからは一気に・・・・

 真央の太ももはそんなに太くなかったはずだ。そもそも真央は少し肉つきが悪いから。少し前に『もっと食べた方が良い』と言ったら殴られた記憶がある。


「よいしょぉおお!!」


 勢いに任せて引き上げる。

 加速中はスローモーションだった。あれ?こんなに勢い必要か?と思いながらもパンツエレベーターは上昇していく。



 そしてエレベーターが最上階についた事を知らせる音は、妹の胸の奥から溢れた小さな悲鳴だった。


「ヒィッン!!」

「あああああ、ごめん!!」


 慌てて離れる俺の前に、ヘロヘロと真央の体が崩れる。足腰が砕けたように。


「大丈夫か・・・・?」

「えへへ・・・大丈夫。思ったりヒンヤリしてビックしただけ」

「ヒンヤリって・・・・」


 なにがどうビックリしたのかは聞いちゃいけないと分かる。


 座り込む妹は下から見上げるかのように俺の顔をマジマジと見てくる。そしてついに羞恥心が襲ってきたのか、その顔を薔薇よりも真っ赤にさせる。


「ふぅ・・・じゃあ、最後ズボンやっちゃうぞ」

「えへへ・・・・」


 もはや吹っ切れてしまった俺に対して、妹ちゃんは再び照れる。

 もう下着と上着は着せた。あとはパジャマのパンツを履かせるだけ。とてもイージーだ。


 まるでシンデレラにガラスの靴を履かせるあのシーンのように、妹の御御足を膝上に乗せて足を通して行く。しかしちょうど俺が妹の腰までパンツを上げたその時、なにやら不穏な空気が流れる。


 頭上にいる妹の「え?なに?」という困惑が聞こえたからだ。


 まさか・・・・と思いながら妹の顔を除くと、この世には存在しないあの蒼薔薇よりも顔を青くしていた。


 まさかまさかの今この瞬間に入れ替わりをした彼女と眼が合う。妹の腰周りに手を当てる変態が、その瞳ごしに映る。


「キャーー!!!!!」


 彼女からしてちょうどいい所にあった頬を思い切り平手打ちされる。この前の鳳来のキスの感触をかき消してしまう程の衝撃が、脳を揺らしてくる。

「なんですか!?何事ですか!?」


 困惑する真央は、どこで覚えてきたのか、平手打ちの後に合気道の技を俺にかけて止めを刺してくる。


 身体が千切れるような感覚の関節技を決められた後に、洗面所の床に粗雑に置いていかれる。


 ああ、戻ってきたんだな・・・真央・・・・

 良かったよ・・・でも兄にはもっと優しくして欲しいな・・・・


 もう今夜はこれ以上、真央のフリをする鳳来の暴走に恐怖しなくていいと安堵しつつ、やっぱり兄にベッタリな妹の喪失感も激しい。

 軋む身体を起こして、やっとの思いでベッドに入る・・・・前に今日の鳳来についての記録をつける。


 プレゼントの事、風呂の事、そして着替えの事。


 俺は書きながら、ある不審点に気づく。

 そういえば・・・なんで戻ってきた真央は敬語を使っていたんだろうか・・・・

 そして鳳来が中に入る真央も、時々俺の事を『兄貴』と呼んでいたのに気づかないお兄ちゃんじゃなかった。


 なんだろう・・・・なんか違和感が・・・・

 もしかして、お互いの人格が混ざってきてるとか・・・・?

 それはちょっとヤバイんじゃないの・・・・・


 まさかまさかだけど・・・今日は入れ替わってなかったとかはないよな?・・・いやいや、ないない。真央が俺と風呂に入る、ましてや裸を見せてくる事などあり得ない。だって真央と俺は正真正銘の兄妹だぜ。


 うん、きっとただの気のせいだろう。余計な事を考えるのはやめよう。『鳳来の記録』もつけた事だし、今はただ、お休み。

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