第12-3話 筆で行われる攻めと受け

 鳳来にいかにして『ウサギの着ぐるみ』と言わせるかを考える。そして同時に誰があの言葉を選んだのかも考える。


 もしワコちゃんが書いたとしたら、俺と鳳来が例の事件について話す事を期待している。もし鳳来が書いたとしたら・・・気づいて欲しいという事だろうか?あの着ぐるみの中身が彼女だった事を。


 どっちにしろ、鳳来にそれを言わせるには、あの事件について触れないといけないようだ。


「なあ、鳳来はあの事件についてどう思ってる?」


 鳳来はしばし返答に悩んで答える。

 事件について悩んでいるのか、はたまた自身の『ワード』について考えているのかは分からない。


「そうですね・・・確かにあれによってイジメは止まりました。ワコちゃんも助かりました。しかしやはり犯人とはいえ一人を追い込んでしまった事実は拭えません。これはたらればですが、絶対に何か別の良い方法があったはずです・・・ってもう遅いですが」

「そうだよな。あそこまでやる必要はなかったし、万が一人でやる必要もなかった」


 ただのゲームのはずが、重い思い出話しをしてしまう俺達をワコちゃんは暖かく見守る。被害者であり、加害者を制裁した者のイトコである彼女は、この会話に参加してこない。


 ここで俺は攻めて見る事にした。


「そういえば・・・万の話だと鳳来も万を捕まえようとしてたらしいな、しかも俺と一緒に。気づかなかったよ」

「そうですね、あの時は正体を隠してましたので・・・・」


 惜しい。

 しかしこれで『ウサギの着ぐるみ』を紙に書いたのは鳳来の可能性が高い事分かった。わざわざ『正体を隠す』なんて,まるで怪盗のような言い回しをするのが不自然だ。同時に鳳来に勝つことは一気に難しくなった。自分で書いた三つの言葉を言ってしまうような失態をする完璧お嬢様ではない。


 もうちょっと攻めてみよう。


「正体を隠すって・・・どんな感じだったっけ?なんか着てた気がするんだけどな〜、ほら顔も身体もすっぽり覆ってさ」

「そうでしたね。あの時は劇終わりにそのまま透君の後を追いましたから」

「あ?そうだったの?でもあの格好じゃ走りにくかったでしょ〜ほら、重そうだし」

「ええ、頑張りましたよ」

「あの時の事どのくらい覚えてる」

「しっかり覚えてますよ」

「ふ〜ん・・そうなんだね・・・」


 ああ、ダメだ。絶対無理。

 多分もう気づかれた、俺が言わせようとしてる言葉に。

 俺めちゃくちゃ下手くそじゃん、このゲーム。というか鳳来の『ワード』が難しすぎだって・・・


 一旦、攻撃を休憩していると、今度は鳳来もが動く。

 全く違う話題だが。


「そういえば・・・ずっと思ってたのですが、まだ私を苗字呼びなのですか?この前は名前で呼んでくれたのに・・・・」

「ああ、そういえばあったねそんな事」


 完全に忘れていた。鳳来から名前で呼ぶ事を許可されたのだった。あの日は他に色々ありすぎて記憶が曖昧なんだ。


 鳳来は悲しそうに俯く。そして両腕で足を抱える。

 身体のラインが出やすい服でそれはやめて欲しい。足で隠されたヘソの上に、四つの山と二つの谷ができてしまうから。一つの谷は膝の隙間で、もう一つは・・・・まあ、言わないでおこう。


 しかしまさか鳳来が呼び方なんかを気にしてるとは思わなかった。

 

 え?名前呼びの方が良かったの?あの時は嫌々で名前呼びを許可しくれたと思っていたが、意外とそっちも乗り気なのね。しかし心の中では苗字呼ばわりだからな・・・・けっこう難しいんだ。いきなり変えるのは。


 まあ呼び方は後で変えるとして、今はゲームの最中。寧々子ちゃんは俺に名前関連の何かを言わせたいんだと勝手に想像する。


 しかし人名を『ワード』に設定するのは暗黙の了解でダメなので、おそらく俺の額の紙には・・・なんだろう?『ちゃん』とか『さん』は言葉じゃないしな。なら『sunサン』とか?『ネコ』とか書いてあって『寧々子ネ《《ネコ》》』と言った瞬間にアウトとかはないよな?う〜ん・・・分からないな・・・とりあえず名前関連は気をつけた方がいいな。


「じゃあ・・・寧々子?」

「おお・・・そうきましたか」

「そっちは俺の事を透って呼んでくれるの?」

「それは・・・私のペースで・・・」

「ええぇ」


 理不尽な話だ。


「そこはほら・・・ちょっっとくらいサービスしてくれてもいいじゃん」


 食い下がる俺に寧々子ちゃんはニヤリとほくそ笑む。いつもの不敵な笑みだ。


「拝堂君、アウトです」

「透くん、アウトー!!」

「え??」


 部屋の隅でぬいぐるみをモフモフしたワコちゃんと寧々子ちゃんが俺を告発する。俺は『ワード』を言ってしまったようだ。


「え!?嘘だろ!?」


 すかさず額の紙を見る。

 紙には二文字、見覚えのある二文字。

『ビズ』と書かれていた。

 自分で用意した言葉だ。


「いやいや。俺言ってないよこれ」

「いえ、言いました。サーと」

「サービス・・・サー『ビス』?・・・あ!」


 紙を見るとある事に気づく。

『ビズ』とかいたはずなのに、スの濁点を忘れている。だからこれは『ビス』になってしまったのだ。筆を誤った!!

 


 あ〜なるほどね・・・・サー『ビス』ね・・・バカじゃん、俺。自分で書いて、自分で言って・・・カタカナの練習が必要だな・・・


「最悪だぁ〜!!うわぁ〜確認ミスで自分の墓穴掘るとか一番はずい。本当は『ビズ』って書きたかったんだよ〜」

「ふふふ。勘違いと確認ミスは本当に怖いですからね。でも・・・なんでフランスの挨拶の名称を書こうと思ってあのですか?」


 寧々子ちゃんはキョトンとした顔で聞いてくるが、内心は察して欲しかった。

 それとももう忘れてしまったのだろうか?あの日の謎のチークキスを。未だひきづってる俺の方がおかしいのだろうか?


 少し恥ずかしいが、質問に答える。


「いや・・・なんというか・・・あの日のアレがまだ記憶に新しくてですね・・・」

「アレ?」

「ほら・・・帰り際の駅で・・・」

「すみません。何かありましたっけ?」


 寧々子ちゃんは記憶にないようだ。それはもう記憶喪失かと思うくらいに気づいてくれない。


 え?なんで?本当にただの挨拶感覚?

 俺はあんなにドギマギしたのに・・・


 困惑していると、ワコちゃんが会話に入り込んでくる。その表情は珍しく焦っているように見えた。


「はいはい。もうその話はいいでしょ!あ!もうこんな時間だ〜そろそろ帰りましょうか・・・・」

「いや・・・まだ7時だけど」

「良い子は帰る時間です。ほら勉強会は終わった訳だし・・・」


 ワコちゃんは強引に話を変えて、帰らそうとしてくる。

 なんだ?何か隠している?

 この状況で隠すとしたら、あのほっぺチューの事だ。


 その時。俺の中の違和感が、ある説・・・というか可能性を導き出す。

 俺は勘違いをしていたのかもしれない。


 あの日の、あの時の、俺の頬にキスをしてきた寧々子ちゃんは、本当に、正真正銘の寧々子ちゃんだったのだろうか?


 それとも・・・・いや、まさかな・・・・

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