第12−2話 筆で行われる攻めと受け
優に全長二メートルを超えそうな巨大なクマのぬいぐるみに見守られながら、俺達の勉強会はそつなく終わった。一時間ほどで勉強は終わった。そもそもワコちゃんも鳳来も成績は良い方なので、勉強が必要でなかった。
と・・・いう事で、ワコちゃんの提案でみんなでゲームをやることになりました。
本当になんで勉強会に誘われたのだろうか?
結局入れ替わりの話には触れなかったし・・・・
そもそも今の鳳来は鳳来だよな?
真央ボディの鳳来はわかりやすいが、鳳来ボディの真央は分かりにくいんだ。真央は母親譲りで演技が上手いようだ。
しかし俺の学年の勉強を難なく解いてたし、今の鳳来は鳳来ボディ鳳来だろう。
半ば疑心暗鬼になりながら、メモ用紙に文字を書く鳳来を観察する。するとワコちゃんからストップが入った。
「ちょっと透くん。カンニングはだめですよ〜」
「いや、違うよ。カンニングじゃない」
ワコちゃんの言葉に鳳来はサッと紙を隠す。
だから見てないって。
そこまで勝ちに飢えてはいない。
『NGワードゲーム』をたった3人だけでやるんだ。そんな野暮をする奴はいない。
ワコちゃんの提案したゲームは『NGワードゲーム』
それぞれが『ワード』の書かれた紙を自分にだけ見えないように額に当てて、そして会話中にその『ワード』を口にしてしまったらアウトというゲームだ。いかに自分の『ワード』を想像して危険を回避するのかと、いかに相手に相手の『ワード』を言わせて脱落させるかが、このゲームの肝だ。
手順としてはまずそれぞれ三つ『ワード』を用意する。本来は一人一つだが、今回は少人数のため、『ワード』の分母を増やした。
次にその九枚の紙から一つ拾い上げ、自身の額に当てる。それが自身の『NGワード』で、ゲームの準備完了だ。
テーブルに置かれた九枚の紙を見る。
不正の無いように、紙の色、大きさ、そして折り方に違いはない。
紙を一つ取る。
ここで俺が自分で用意した『ワード』を選ぶ可能性もある。
俺の用意したワードは『シャチ』『ビズ』『スイッチ』だ。
もっと誰もがポロッと言ってしまいそうな『ワード』を選ぶべきだが、ここはゲームの発案者であるワコちゃんの意図を汲み取った。
おそらくワコちゃんは、このゲームを通して鳳来に揺さぶりをかけろと言っているのだ。『入れ替わり』を示唆するような言葉を鳳来に意識させ、心情を読み取れということだ。そしてそれが数々の鳳来の奇行のヒントになるかもしれない。
『シャチ』は真央の持つぬいぐるみを表している。入れ替わりをする鳳来は幾度となく見たであろうが、本来は知るべきでないもの。どうにかして鳳来が真央の部屋に『シャチ』がいる事を知っているというの引き出せれば、そこから攻めれる。
『ビズ』はフランスでの挨拶。出会い頭にほっぺにチューするアレだ。そして・・・この前、鳳来にやられたアレだ。
『スイッチ』には特に意味はない。ただ単に英語でswitch、和訳で『入れ替え』という意味だ。これならなぜこのワードを選んだか聞かれても、たまたま電気のスイッチが目に入ったからと言い訳できる。そして鳳来に『入れ替わり』という言葉を遠回しに伝えられる。
紙を額に当てて、顔を上げると、ワコちゃんと鳳来も準備ができたようだ。
鳳来のパッチリとした瞳と、ワコちゃんおおっとりとした目尻が眼前に来る。
俺の方をまじまじと見つめる・・・俺の額をまじまじと見つめる二人に、改めて俺は凄いシュチュエーションにいる事を再確認する。
学校の高嶺の花と学校一のモテモテお姉様と一緒の空間にいる事など、他の男子生徒達に知れたら一大事だ。おそらく今日の勉強会については万も知っているから、後で口止めをしておかないと。
ワコちゃんの額の『ワード』を確認する。
『カッコいい』だった。
俺が用意した三つでは無いが、ワコちゃんと鳳来どちらが用意したかは分からない。俺もそうだが、筆跡を誤魔化して『ワード』を書いたようだ。
鳳来のも確認する。
鳳来の言ってはいけない言葉は『ウサギの着ぐるみ』だった。
ふむ・・・・どうやら俺の用意した『ワード』は闇に葬られたようだ。もしくは俺の額に張り付いているか・・・・
それぞれがそれぞれの『ワード』を理解する数秒、まずはワコちゃんが動いた。
「そういえば、この前バンちゃんがパソコンを組み立てる?のを観察してたんですけど〜」
「え?いきなりなんの話?」
「えぇ?ダメぇ?」
「まあ良いんだけど。突然でびっくりしただけ」
「それでね、バンちゃんがなんか部品?を無くしちゃって大変だったんだよね〜」
「へえ〜・・・パソコンの部品ねぇ、ネジとか?」
そう言い放った瞬間。ワコちゃんの目が少しだけビクつく。
すかさず俺は口を閉じる。
あぶね〜!
今のワコちゃんの反応、完全に俺が『NGワード』に掠った時の反応だ。
なんだ?『パソコン』とか『ネジ』あたりが危ないのか?
というかワコちゃん。君は俺の味方じゃないの?
なんで俺を攻撃してきた?
間一髪で危機回避した俺をワコちゃんは悔しそうに見てくる。
すると今度は鳳来がワコちゃんに攻撃を仕掛ける。
「そういえばワコちゃんは万君とかなり仲が良いですが、万君はどういう人なのですか?」
「う〜ん?バンちゃん?バンちゃんはね・・・良い子ですよ〜。かなり素直じゃないけど優しいし」
「そうですか・・・」
万の事については、俺もよく知らない。
唯一知ってる事といえば、対価を払えば学校中の情報を教えてくれる『情報屋』をやってる事と、一年前の事件の犯人だと言う事。
「これは聞いて良いのか分からないけど・・・・なんで万はあんな事件を起こしたんだ?」
「事件って・・・・あの文化祭の奴だよね・・・?」
ワコちゃんは、俯く。しかし自身の従兄弟である万の暗い黒い過去に悲しむような様子ではなく、なぜか少し口角を歪め頬を赤らめた。その笑顔だけは、聖母の微笑みとは言えなかった。
「そうですね〜・・・うふふ、本当はバンちゃんに言わないように言われてるんでだけどね〜・・・」
「言わない言わない」
「うふふ、実はあの事件、バンちゃんが私を守るためにやっってくれたの。あの不登校になっちゃった子、なんでか分からないけど私をイジメの対象にしようとしてたらしくて、それでバンちゃんが怒ってくれて・・・ふふ」
「そう・・・なんだ・・・」
「そうなの。うふふ・・・私のために頑張ってくれて、カッコいいよね」
ワコちゃんは静かに笑う。
まさかそんな裏があったとは。万の奴、そんな重要な事を教えてくれないとは。
まあ、それでも少しやり過ぎな措置だとは思うが・・・・
自分のために一人の少女を不登校にしたイトコとを見て、ワコちゃんは嬉しいのだろうか、それとも申し訳ない気持ちなのか。
おそらく両方だろう。
しかし今のワコちゃんの表情を見るからに、自分のために頑張ってくれたオトコの存在に少しはときめいたのに違いない。
・・・・・・まあ、今はそんな事どうでもよくて。
「はい!ワコちゃんアウトー!!」
「ワコちゃん、アウトです」
鳳来と俺の二重告発にワコちゃんは「ええええ」と口と目を大きく見開く。
自身の紙に書かれた文字を見て、うふふと笑った。
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