第13−2話 意味のある猿真似にオチを求めてはいけない
人気のない公園のベンチに腰を下ろす。
秋だというのにまだ外は蒸し暑い。いや・・・暑いのは走ったからだ。
真央も制服のスカートをパタつかせながら、汗を腕で拭っている。やっぱり着替えさせておいた方がよかったかもしれない。
「ほら、ナタデココ」
「・・・・ありがとう」
「おお・・・うっす」
ジュースをあげたらなんとお礼を言われてしまった。
予想外の真央の反応に疑心暗鬼が発動する。
大丈夫だよな?やっぱり中身は鳳来なんてことはないよな?
真央は缶ジュースを一気飲みする。そして大きく一回はあ〜っとため息をつく。
良かった。正真正銘の真央だ。
再確認したところで、話を続けよう。
「それで?何がしたかったんだ?」
真央に問う。返事はない。俯き、もう空になった缶ジュースを口に当てている。
じゃあ兄である俺が代わりに話そうか。
「俺は最初、まだ入れ替わりに気づいてなかった時。寧々子ちゃんがお前の身体に入って仲良くしてくれるのが嬉しかった。昔みたいに仲睦まじい兄妹に戻れたと思ったから。でも嬉しかった反面、違和感を感じた。まあ急な変化だったし、兄としては違和感を覚えて当然なんだけどな。それで、入れ替わりに気づいた。俺と仲良くしてくる真央は寧々子ちゃんだった事に気づいた。で、まあ・・・・寧々子ちゃんははっちゃけたかったんだろうな、普段はお堅い人だから。それで次はお前が『兄と仲のいい妹』を演じ始めた。一周したら、違う人になって帰ってきた感じだな。でまあ、色々なんでお前がキャラを変えた理由を考えたけど・・・やっぱりお前も戻りたいんじゃないのか?昔みたいに兄妹仲良くって関係性に。そうだろ?」
真央は顔をあげる。
俺の方を見据える。
そしてクスッと力無く笑った。
その表情は『兄と仲のいい妹』を演じる真央でも、『思春期真っ只中』の真央でもない、新しい顔だった。
「あ〜あ。バレちゃったね、ついに。演技には自身あったんだけどな〜・・・」
どごぞの怪盗かのような口調で真央は白状を始める。
俺はというと、ほっと胸を撫で下ろした。
思ったよりも単純な話で良かった事に。想像し得た可能性の中で最良の結果だった事に。
「なんだよ〜・・・・もし仲良くしたいなら、普通に言ってくれよ。兄妹だろ?」
一気に緊張から解放された俺を見て、真央も小っ恥ずかしくなったのかそっぽを向いた。
「あはは・・・言えるわけないじゃん。そんなの恥ずか死しちゃう」
「大丈夫大丈夫。全部兄ちゃんが受け止めてやるから」
「なにそれ・・キモ」
「ああ、その口調は別に変わらないのね・・・」
「まあね」
そっぽを向く真央の表情は見えない。しかし兄である俺には、妹が笑っていることくらいは分かる。楽しんでいるのだろう、俺との会話に。俺と同じで兄妹同士、素直に喋れる事が嬉しいのだろう。
「でもまあ・・・良かったよ。なんかもっと思い悩みとか、隠し事じゃなくて」
「・・・悩み?隠し事?」
「ほら漫画とかドラマで良くあるじゃん。実は猟奇的な思考を持ってた、とか。俺に復讐しようとしてた、とか。前世の記憶とか・・・」
「実は妹が兄に恋愛感情を抱いてた、とか?なわけないない。ただの思春期の拗らせ。何その想像、キモいんですけど」
「ははっ・・・・そうだよね〜」
どうやら本当に、真央の素の口調はツンツンした方のようだ。可愛げがあると言われれば、可愛いものだ。
そのまま数十分、俺と真央はなんの意味のない日常話をした。
真央はもっぱら、流行りのメイクや服の話。俺は漫画やアニメ、後は学校の話を少々。
一回も話は噛み合わなかったが、会話が止まることはなかった。
「そんな事より兄貴、いつの間にか寧々子ちゃん呼びなんだ。もしかして付き合ってんの?」
「いやいや、ただの友人だよ」
「あ、そう」
「え?聞いてきたのに興味ないの?というかぶっちゃけ寧々子ちゃんって俺の事どう思ってんの?」
「私に聞くなよ、アホ」
「はいはい」
確かにそれは寧々子ちゃんに直接聞くべきだ。もちろん真央の身体の寧々子ちゃんじゃなく、正真正銘の鳳来寧々子の方に。
自分の浅ましさを再確認すると、同時にもう空がオレンジ色よりも暗くなっている事に気づく。どこぞの高校生達だろうか、同世代くらいの男女が公園でバンドの練習を初める。
「もうこんな時間だし・・・帰るか・・・」
「そうだね」
俺の提案に真央も腰を上げた。
数歩先を歩く真央の足取りは楽しそうに見える。少し小刻みにスキップしている様にも見える。
一応の一応で、俺は真央に確認を取る。
「家に帰っても、今のままの感じでいいんだよな?仲良しで?」
真央は振り返らずに答える。
「別に仲良しじゃねーし。でもまあ・・・もう『死ね』とかは言わないよ。反抗期は卒業」
「そうか・・・また戻るんだな、昔みたいに」
「戻るんだよ・・・」
真央の足取りが速まる。徐々に徐々に速まっていく。
どうやらまだ兄と並んで歩くのは恥ずかしいようだ。
「ちょっと真央〜速いよ〜」
「・・・・・」
俺の言葉にも反応を示さない。別に雨が降るわけでもないから、急ぐ必要などないというのに。
数歩前の真央が路地を曲がる。後を追う俺も曲がった。
その瞬間。
俺の足は止まる。
曲がった先の道で真央が立ち止まっていたからだ。
大粒の涙を流しながら。まるで雨に打たれたように、顔をびしょびしょに濡らしている。
「どうした・・・・・?」
「・・・・・・?」
意味不明といった感じで真央も首を傾げている。辺りをキョロキョロ見渡し、俺の顔を見て、自分の頬を伝う涙を拭う。そして濡れた手の平を見て、また首を傾げた。
なんだ・・・・?
何が起こってる?
道を曲がったら妹が泣いている。
どういう事だ?
しかし不思議な事に、俺はこの現象にどこか既視感を覚えていた。
入れ替わり発生直後の現状把握の様に感じた。
もしかして・・・・入れ替わった?
直感的にそう感じながら、妹を良く観察する。入れ替わったという証拠を探すために。すると目の前の妹ちゃんがおもむろにスマホになにかを打ち込み始めた。
そしてなにかを打ち込んだ後、大きく深呼吸をした。
状況を未だ掴めずにいる俺とは裏腹に妹の目は落ち着いている。
そして迷いない足取りで、ツカツカと俺の方へと歩み寄ってくる。
「え??なに?なに?」
困惑してオロオロする事しかできない俺の肩を妹は両腕でガッチリとホールドしてきた。そのままグイッと俺の身体は妹の方へと引き寄せられた。
真央の顔が目の間にくる。瞳に吸い込まれる。
俺の唇になにか柔らかい感触と緊張が走る。上唇と下唇を無理やりこじ開けられ、口腔に生暖かい息と、自分のではない体温が入ってくる。まるで子供が木から落っこちないようにもがき掴むように、ザラザラしたうねりが俺のベロや前歯に絡みいてくる。俺と真央の吐息が口の中で溶ける。
それはキスだった。正真正銘の口付けだった。
慌てて真央の身体を引き剥がす。
「鳳来!なにが目的だ!?」
俺の声に妹は目を見開く。まるで驚いてるのはコッチだと言わんばかりに。
真央の姿をするそれの不可解な行動は止まらない。
つい先程したように、真央の身体は辺りをキョロキョロと見渡す。
まるでまた入れ替わったと言いたげに。
真央は手に持つスマホを見つける。
そしておそらく、先ほど自分で打った文字を見て、呆れたように、諦めたように、はにかんだ。
真央は俺と向き合う。
やはり俺は兄失格かもしれない。
隣の席の完璧美少女の心情ならまだしも、いま目の前にいる妹の、ずっと一緒にいた妹の心の内をちっとも分かってなかったのだから。
妹は言う、兄に向かって。
「やっぱり隠すのはもう良いや。好きです。兄としてじゃなくて、一人の男として。拝堂真央は拝堂透の事をずっとず〜っと想ってました」
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