第4話 七難無しの彼女はその髪で心を隠す

 その薄い茶色の髪の下に、彼女はどんな心を隠しているのだろうか?

 学校の高嶺の花、完璧美少女は今日もひとり黙々と持参の弁当を食べている。


 カーテンと共に揺れる鳳来の長い髪に見惚れながら、俺も卵焼きを口に放る。そして同時に左手でノートにメモを取る。


『昼休憩。

 今日も持参弁当。

 一口目、ソーセージ。口が小さいからか、三口で食べ切る。

 次にブロッコリー。マヨネーズはついていない』


「あの・・・・何か用ですか?拝堂君?」

「おっと、なんでもありません!」


 慌ててノートを隠す。


 流石に怪しかったか・・・?

 こんなメモ見つかったらストーカーと勘違いされてしまう。

 俺はただお兄ちゃんの責務を果たしているだけだと言うのに・・・・


 俺を不審に思いつつも、お嬢様は弁当に戻ってくれた。良かった良かった。


 ・・・・あれ、でもちょっと待てよ。

 こんな観察をしていても、鳳来の心情なんて測れないんじゃない?

 俺がするべきなのは、鳳来の内面を知ることじゃなかろうか。


 入れ替わりの事は言うなと警告されているが、普通に鳳来と仲良くする分にはOKのはず。それで鳳来が真央の身体に入っている間の言動の意図も見えるかもしれない。


 みんな鳳来にはあまり話しかけないが、悪いやつではないはず。何か粗相もしても、真央の兄である俺には慈悲があると信じたい。


 最悪は鳳来の身体に入った真央がどうにかしてくれるだろう。どうにかしてくれるよね?


 意を決して飛び込んで見よう。


「・・・・鳳来はさ。綺麗な髪してるけど、美容院とか行ってるの?」


 突然の質問に鳳来は多少驚くも、すぐに表情を直して答えてくれた。

 心なしか少し嬉しそうな表情をする。やはり質問の前に『褒め』を入れておいて正解だった。


「綺麗って・・・ありがとうございます。そうですね、美容院・・というか、美容師の方に家まできてもらってます」

「へぇ〜。そりゃ凄いね・・・ですね。俺は家から徒歩2分の1000円カットですよ」


 つられて敬語になってしまう。

 上品はうつるものなのだろうか?


「俺ちょっと悩んでるんですよ・・・だよね。髪型どうしよっかな〜って」

「髪・・・切るんですか?」

「そ、切るの。どうかな?ちょっと遊んでパーマとか?あえての坊主とか?」

「私は今の拝堂君のままで充分に魅力的だと思いますよ」

「え・・・そう?でも俺、高校に入ってから彼女できてないの」

「彼女・・・欲しいのですか?」


 会話の内容が少し下品だったのか、鳳来は目を細めて俺の事を見据える。


 ヤバイ・・・鳳来グループに消される。

 早く取り繕ろわなければ。


「いえ、すみません。欲しくありません。学生の本分は学業です。すみません」

「欲しいのですか?」

「え、まだ聞く?えーとね、欲しい・・・のか?ぶっちゃけノリで言ってるところもあるからな・・・」


 ぶっちゃけると今まで彼女がいたことが無い。

『高校に入ってから出来ていない』という事で、今はいないんですアピールをしているが、普通に過去にもいない。未来にはいて欲しいような、別にどっちでもいいような。


 なんで過去には出来なかったんだろ・・・・?

 ああ、そうだ。

 いつもデートより真央の面倒を見る事を優先するからだ。ドタキャンばっかして、呆れられてしまうのだった。


 特にそういうデートの日とかに限って真央が熱を出すんだよな。まあこんな苦労も兄の特権なのだろう。


「訂正します。彼女なんて欲しくありません。俺は妹一筋ですから」

「フッ・・・なんですか、それ」


 俺の宣言に鳳来は笑う。口から吐息を漏らすように笑った。

 いつもの心根の見えないニコリと口角を上げるだけの笑い方とは違った。

 思わずドキッとするような、春風の香りがするような笑顔だった。


 なんか今の笑い方・・・可愛かったな。

 今のが鳳来の本来の笑い方なのか?

 良いぞ。このまま鳳来の本音を引き出してやる。


「髪の話に戻して・・・・鳳来は好きな髪型とかあるのか?」

「好きな髪型ですか・・・?私はあまり弄らずにそのまま下ろす事が多いですね」

「いやいや。異性の髪型だよ。ぶっちゃけ鳳来のタイプってどんな男?」

「タイプ!?・・・・あのですね!そんなものを女性に不躾に聞くのは失礼ですよ。そもそもそのようなデリケートな話は、親族間だとしても慎重に扱わないといけなく・・・・」


 おっとヤバい。鳳来の琴線キンセンに触れてしまった。やっぱりお嬢様にこういう話は失礼だったか・・・?いや、お嬢様でなくともタイプをいきなり聞くのは失礼か。


「あーごめん。ごめん。いきなりする話じゃなかったな。失礼」

「別に・・・怒ってませんよ。少し驚いただけです。あまりそんな事を女性に聞いてはいけませんよ」

「はーい・・・・」


 絶対に怒ってたでしょ、なんて口が裂けても言えなかった。


 それにしても良い反応だったな。

 どうしよう。ちょっと楽しくなってきたな。ちょっとからかってみるか。


「ちなみに俺が好きなのはこんなの」

「だからそういう話は女性にするものじゃーー」

「違うよー。俺のための髪型。こういう髪型の拝堂君どうかな?」


 そう偽って、俺は最近推しているゲームのキャラを見せる。

 もちろん女の子のキャラだ。どことなく真央に雰囲気が似ていたから、育成している。


 鳳来はスマホに映った黒髪ツインテール美少女に目を細める。そしてため息まじりに冷ややかな視線を送って来た。


「・・・・拝堂君はツインテールにするんですか?」

「え・・・いや別に・・・・」

「するんですか?しないんですか?」

「しないです」

「じゃあなんで嘘をついてまで見せたんですか?」

「ちょっとからかってみようかなって・・・・ハハ」

「・・・・・・」


 鳳来は無言で俺を睨む。


 オーマイゴット。

 やり過ぎた〜・・・・ちょっと冗談のつもりが怒らせちゃった。

 鳳来の照れた顔が見たかったんだけど、下手くそ過ぎたな。


「・・・なんか、ごめんなさい」


 謝ってみるも、鳳来はもうこちらを振り向いてくれなかった。もう会話も出来そうにないので、俺もペンとノートを取り出す。


 今日の鳳来の言動を書き記すために。


『鳳来はあまり髪を弄らない。

 からかうと説教が始まるが、やり過ぎると静かに呆れられる。

 容姿からして当然だが、笑顔はメチャクチャカワイイ』

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