第3ー4話 霹靂とは青い空を見ていたからこそ気づける

「なあ・・・お前、鳳来だろ?」


 まるで雷に打たれたように、妹は目を丸くして硬直する。しかしそれも一瞬だけ。すぐに妹の姿見をしたそいつは、俺を睨みつける。


 その冷たい眼差しに、俺は雨に打たれた後のようにぶるう。


 妹の中身が鳳来だとすると、何をされるか分からない。

 しかし真央の兄である俺は気丈に振る舞わなければいけないのだ。


「俺の大事な大事な妹ちゃんの体に入って、何事も無いかのように日常を送る。妹のフリをしながら。何が目的だ?誰が仕組んでる?君は被害者か?仮に被害者ならなんで兄の俺に相談しない?それとも・・・・君が入れ替わりを仕組んだ張本人だったりするのか?」


 脳みそに溜まっていた疑問が次々と溢れ出す。しかしその壊れた蛇口に蓋をするように妹は俺の口を塞ぎ、そのまま彼女の部屋へと連れ込まれた。


「違う!寧々子ちゃんは悪くない!!」


 久しぶりにしっかりと見た妹の瞳は、真剣な眼差しそのものだった。

 そして同時に目の前にいる妹は、正真正銘の真央である事に気づく。


 寧々子ちゃんって・・・真央よ、お前と鳳来はどんな関係性なんだ?

 鳳来が悪くないというのなら、誰のせいで入れ替わりが発生しているんだ?


 真央は扉の鍵を閉め、ヘタリとベッドに座り込む。2年前はピンクだったはずだが、真央の座るベッドのシーツはライトグリーンに変化していた。

 机に置かれるウッドカラーの除湿機と綺麗に並べられた参考書を見て、成長というものをヒシヒシと感じる。


 気づかない間に真央も大人になってるみたいだ。少し寂しいが、嬉しいものだ。

 というか俺の部屋に比べて綺麗すぎない?負けてらんねー。


「なんで気づいたの・・・?」


 どこか見覚えのあるシャチのぬいぐるみを抱きながら、真央は尋ねてくる。未だ真剣な真央の眼差しに咄嗟に正座をしてしまう。


 なんか・・・説教されてるみたいだな・・・


「実は・・・かくかくしかじかで・・・・」


 事の経緯を説明する。

 もちろん、少しオブラートに包みながら説明した。間違えても真央のスマホのロック解除を試みた事も、捨てアカウントを大量に作って真央の裏アカを見ようとした事は言っていない。


 しかし真央の表情はみるみるリンゴのように赤くなっていく。お怒りのようだ。

そして雷は落ちる。


「バッカじゃないの!?キモ!!そんな事してたの!?」

「兄として妹が心配で・・・」

「ストーカー気質が兄を凌駕してんじゃん!せめて普通に聞いてよ。なんで寧々子ちゃんを特定するまでやった!?」

「兄としてーー」

「兄としてじゃねーよ。乙女の裏アカ特定なんて人として終わってんじゃない?死ねば?」


 真央の止まらない罵倒に・・・失礼だがその、俺は少しはにかんでしまった。


 ああ、これこそ正真正銘の俺の愛すべき妹ちゃんだ。

 しかも今日はめっちゃ喋れてる!

 ラッキーだ。


「何ニヤけてんの?」

「いえ、なんでも。それで・・・本当に鳳来と入れ替わってるの?」


 真央は静かに頷く。

 俺の推理は正しかったようだ。


「入れ替わりの理由は?」

「・・・知らない。知ってても教えない」

「鳳来はなんて?」

「寧々子ちゃんも理由は知らない。とりあえず入れ替わりの事は秘密にしようって約束した。バレても面倒臭いだけだし。だから邪魔しないで」

「そうかい。じゃあ本当に困ってる事は無いんだな?」

「無い。強いて言うなら、あんたが気づいた事が迷惑」


 それは良かった。とりあえず身体を無理やり乗っ取られているという訳ではなさそうだ。

 しかも互いを上手く演じて、バレずに暮らせているようだ。


「とりあえず・・・・鳳来も入れて話すか。お前達の入れ替わり生活を助けさせてくれ」

「やめて!!寧々子ちゃんにあんたが気づいた事は言わないで!」


 兄として仕事を果たそうとするも、真央の叫びが響く。


「どうしてだ?俺は学校でも鳳来と会えるし、そもそもお前の兄だ。サポート役としては最適じゃないか?」

「・・・だからダメなの・・・・」

「どういう事?」

「ハァ・・・・もう良い。とりあえず私達に関わらないで。誰にも、寧々子ちゃんにも、入れ替わりに気づいた事を言わないで」


 真央の猫パンチで部屋から追い出される。バタンッと音と共に、真央の心の扉も閉まったような気がした。


 廊下に尻餅をついた俺は、圧倒されポカーンと口を開けるだけだった。


 寧々子・・・あ、違う。鳳来には言っちゃダメ・・・?

 なんの理由があって?


 関わらないで?

 俺はお兄ちゃんだぞ!?


 トボトボと自分の部屋に戻ろうとすると、ガチャリと真央の扉が開いた。

『やっぱり助けて、お兄ちゃん』という言葉を期待して振り向くも、真央の冷たい眼差しにさらに落ち込む。


 真央はゴミを見るように俺に言い放った。


「言うなよ。殺すぞ」


 疑問は解消した。しかしそれは新たな謎を生んだ。俺の心の暗雲は未だ晴れそうにない。

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