第5話 寝耳にリンゴ味の水飴を垂らして欲しい
ん・・・・?なんだ・・?もう朝か?
耳の辺りがヒンヤリする・・・・水・・・・?
いや違う!!
なんだ?なんだ?
なんか冷たくて生暖かい!!
「なんだ!?」
左の寝耳に突如として現れた謎の感触に抗おうと、勢い良く、ガバッと横向き寝から起きようと右腕に力を入れる。しかし身体の上に覆い被さる謎のナニカは想像以上に重く、寝起きのフルパワーでは身体を数センチ浮かす事しかできなかった。
「キャ!!」
幸いな事に、数センチ身体を浮かせるだけで身体の上に乗るナニカはバランスを崩してくれた。
突然の山の隆起に身体を丸めた妹ちゃんは、そのまま俺と添い寝をするような形でベッドに横たわる。
猫が欠伸をするときのような顔で、妹ちゃんは大きく口を開けてイタズラそうに笑う。
「おはようなんだよ、お兄ちゃん!」
おいおい・・・まじか・・・今日は朝からかよ・・・
本当に入れ替わりのタイミングが分からない。
そして鳳来よ、君が寝起きドッキリを仕掛けるような性格だとは知らなかったよ・・・・
「はい・・・おはようございます。朝から元気ですね」
「えへへ。お兄ちゃんの可愛い寝顔を見れたからね!!」
「今・・・何時?」
「6時だよ」
「じゃあ後一時間は寝れるね。おやすみ」
「え〜・・・遊びたかったのに」
まさか目覚まし時計の一時間も前に起こされとは思わなかった。流石にこんな時間から彼女を相手するのは体力が持たないので、もう少し寝させてくれ。
掛け布団を頭までかけて、絶対領域を確保する。
しかしそんなATフィールドは最強の使徒、拝堂真央の格好をした完璧美少女に簡単に突破されてしまう。
妹はその綺麗な長い髪を俺の顎に押し付けるように、そのこじんまりとした背中を丸めて、俺の腕の中に収まる。
「あの・・・狭いんだけど・・・」
「お兄ちゃん寝るなら一緒に寝るー」
「ええ〜二人とも寝坊するぞ」
「それならそれで良いよ。えへへ〜お兄ちゃんと私は心臓の鼓動も仲良しだね〜」
そんな可愛らしい言葉を言ってくるからだ。心臓の鼓動のペースが少しだけ上がる。しかしそれは彼女も同様。バクバクバクと妹の鼓動が胸元越しにうるさい。血液が全身に巡っていく。だから耳が少し紅葉色に変わるのもなんら不思議でないはずだ。
・・・っていかんいかん。妹相手に何を照れている?しかも中身は赤の他人なんだぞ!
「ああー!!分かったよ、分かりましたよ。遊んであげるから起きよう!暑いから!二人だと布団が暑いから起きましょう!!」
「はーい・・・・」
ベッドからの眠気を布団と共に投げ飛ばす。
少し心苦しいが、兄をからかった罰として妹の身体もベッドから弾き落とす。
こういう時に兄の威厳を保たないといけない。
遊ぶ、とは言っても大体は二人で漫画を読むか、一緒にテレビを見るかの二択だ。
テレビを見ながら朝食と弁当の準備をしようとすると、なんともうキッチンには調理済みの食材達が並ばれていた。
「これ・・・どうしたんだ?母さん?」
「お母さんまだ寝てるよ。昨日も遅かったみたい」
「ということは・・・・」
「えへへ。そうだよ私」
照れくさそうに妹はその黒髪で顔を隠す。真央は母の遺伝で決して朝早くに起きないので、朝食&弁当は俺の仕事なのだ。だからこれには少し面をくらう。
「うお〜!!ありがとう!!え?まじ?俺が起きるより早く??」
「ふふん。まあ、簡単なものばっかだけどね。でもお兄ちゃんと遊ぶ時間をもっと確保するため頑張りました!」
「すげー。もう遊んじゃおう。超遊んじゃおう!!」
ありがたや・・超ありがたや・・・もうこれ弁当箱に詰めるだけじゃん・・・
別に弁当作るの嫌いじゃない、むしろ好きだけど、たまにこういうのをしてくれるとこう胸がジーーーーんと来る。
あ・・・目頭が熱くなってきた。
しかもこれ妹の手作りじゃん。夢にまで見た妹の料理じゃん。
まあ、中身は鳳来なんだけど、それでも嬉しい!!
妹とテレビを見ながら共に弁当を詰める。途中に妹が教えてくれた、彼女特有の卵焼きレシピにまたも俺は感動に打たれたのだった。
そんな事をしているとあっという間に家を出る時間だ。
テレビを消して家を出ようとすると、まるで新婚夫婦のように妹から弁当を手渡される。
「はい、愛妻弁当ならぬ愛妹弁当だよ!!」
「愛・・・妹・・・弁当!!」
なんと甘美な響きだろうか。耳が水飴になって溶けてしまいそうだ・・・・
でもしかし中身は妹ではないのだから、真の『愛妹弁当』かどうかは曖昧なところだ。
弁当を受け取りカバンの中に丁寧にしまう。
俺はそのまま一緒に登校するのだと思っていたが、妹は一向に行く用意をしない。
「・・・て、あれ?一緒に行かないの?」
「あー・・・私はちょっと髪型直したいから・・・先行ってて」
「そう・・・?」
少し不審に思いつつも納得するしかない。
普段の真央なら絶対に俺と一緒に登校しないだろうし、鳳来もそこら辺は気を使っているのだろう。
いくら妹の身体を使えるとは言え、鳳来があの性格になれるのはこの家の中だけなのだろう。
「じゃ、行ってくるわ。お前も遅れんなよ」
「うん。行ってらっしゃい!」
これでほっぺにチューなんてされたら完全に新婚さんだな・・・ま、流石にそれはないか・・・
そんな恐ろしくも少し美しい情景を想像しながら玄関を出ると、左袖をグイッと引っ張られる。
なんだ?なんだ?とバランスを崩す俺の視界に入った光景は、目を瞑る妹の顔が迫ってくるその瞬間だった。
俺の頭の中を完璧美少女はその明晰な頭脳で見抜いてしまったのだろう。
妹の身体を使ってそのピンクの柔らかい唇をそっと俺の左頬に添える。
「えへへ。行ってらっしゃいのチュー・・・だよ?」
耳をまるでりんご飴のように艶のある真っ赤に紅潮させる妹は、イタズラそうに笑う。
なあ鳳来、君は本当に何を望んでいるんだい?
俺の妹の身体で、兄であるはずの俺に、頬だとは言えキスをするなんて。
それが君の中での兄妹間のスキンシップなのかい?
それとも・・・・
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