第3話 霹靂とは青い空を見ていたからこそ気づける

 <入れ替わりに気づくまでの話>


 そう・・・まるでよく晴れた空にカミナリ様が現れ、手回し発電機を回し始めるような、奇妙で目を疑いたくなる光景。


 それは徐々に徐々に、しかし突如として起こった変化だった。


 俺には年子の妹がいる。名前は拝堂ハイドウ真央マオ


 兄の俺が言うのもなんだが、顔の良く整った、アイドル級に可愛い美少女だ。俺と真央の母は女優を生業としており、その整った顔立ちがしっかりと娘に受け継がれたのだ。


 一方俺はというと・・・・まあ、上の下か中くらいだな。しかし高校に入ってから彼女ができていない事から、自信を喪失し始めている。


 個人的には髪型が合っていないのだと思う。今までは男子が髪をいじるのは女々しいと思って手入れなどした事がなかったが、もう高校2年生だしそろそろ気にしてみようと思う。あとファッションセンスだな・・・・ああでも、学校では制服だから関係ないか。まず女子に私服を見せる段階まで持っていかないと・・・


 ・・・・おっとそうだった。まずいまずい。話が脱線してしまっていた。昔からの悪い癖だ。すぐに他の事に目移りしてしまう。


 それで天気予報を見逃して、ゲリラ豪雨に降られて妹にバカにされたのが先週の水曜日だ。


 恐らくこの『バカにされた』というのを聞いた時、世間一般的なイメージは小悪魔のように兄の失態を見て『もーう。おっちょこちょいなんだからー』とクスクスと笑う妹ちゃんと想像するだろうが、それは幻想だ。


 高校1年生。思春期真っ只中の妹ちゃんが俺をバカにする時にする行動は3つ。

 その1。眉を潜め、俺を睨みつける。

 その2。舌打ちをする。

 その3。俺に聞こえるか聞こえないくらいの小さな声で一言ボソリ。『馬鹿じゃないの?死ね』


 普通に自分の事を可哀想に思う程に嫌われているのだ。否。嫌われている訳ではないと思う。兄離れ、という時期なのだろう。彼女が何を考えているのかは俺は彼女ではないので分からないが、兄として唯一分かるのは彼女も成長しているという事だけだ。


 だからもう、昔のように真央がベッタリと俺にくっついてくる事はない・・・・と思っていたのが先週の木曜日まで。


 妹ちゃんに舌打ちされたその翌日。つまり木曜日。もっと言うと木曜日の午後7時ちょうど。ゲームのイベントが始まる時間だったからよく覚えている。


 その日その時、真央は俺の部屋に来た。夕飯の支度が出来たから呼びに来た訳ではない、そもそも真央から俺に話しかける事はまずない。


 部屋で動画を見ながらぼーっとしていたら、誰かが扉をノックしてきた。誰か、というかその時に家にいたのは俺と真央だけだったので、必然的にそれは真央だった。何事かと思いすぐに扉を開けると、当然ながら真央が立っていた。この数年見た事のない照れ臭そうな笑みと共に。


「勉強教えてくれない・・・・おにーちゃん?」

「おにーちゃん!?」


 もし出来ることならば、その時の俺の顔を皆に見せてやりたい。

 真央に『おにーちゃん』なんて呼ばれるなんて実に2年ぶりだった。普段は『あんた』か『お前』としか呼ばれない。二人称で呼ばれるだけでラッキーな方だ。


 思考をフリーズさせた俺を不思議そうに見つめながら、真央は部屋の中に足を踏み入れた。真央が俺の部屋に入ってきたのも実に2年ぶりだった。


 真央は数学の問題集を机に開き、俺に教えを請う。もちろん、それを断る俺ではなかった。妹に勉強を教える事は、兄としての特権ランキング堂々の一位だからだ。


 しかし俺は一つ不可解な点に気付いた。

 真央の質問してきた問題は、時期的にもう終わっている範囲のはずだ。復習だとしても前回のテストで上位10位に入っていた程に頭の出来が良い真央が、俺に教えを請うだろうか?

 真央も俺の顔をじーっと見つめるだけで、勉強に集中しているようには見えなかった。


 勉強じゃないとしたら・・・もしかして、俺の部屋に遊びにきたのか?


 そんなあり得ない妄想をする俺だったが、意外な事にそれは間違いではなかった。

 勉強を始めてから、ほんの数十分。真央の集中は切れた。普段の姿からは想像できないほどに、天使のような笑顔を見せる真央は俺の蔵書に手を伸ばした。


 俺は日本男児代表として様々な漫画を収集している。普段の真央なら俺のコレクションに唾を吐いてくるが、その日は違った。目を煌めかせながらパラパラとページをめくり、子供のようにはしゃぎながら笑っていた。


 その後、俺と真央は勉強など忘れて夜通し漫画を読んだ。真央が俺の部屋で寝落ちするまで。


 俺は真央の反抗期が終わったと思った。また真央と仲良く喋れる日が戻ってくると思った。

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