第2話 棘があるから薔薇は愛でやすい

 美しい花にも棘があるように、あのお嬢様には近寄り難い雰囲気がある。


 俺の通う私立俊秀高等学校一の美少女、高嶺の花、鳳来ホウライ寧々子ネネコさんは、それはそれは優秀なお方だ。


 学年成績一位。スポーツ万能。五カ国語ペラペラ。生徒会書記。親は日本シェア一位の半導体製造メーカー、鳳凰グループの社長、祖父は会長。


 噂では、武術の達人でここら一帯の不良共を中学の時に更生させた。また別の噂では、数多くの論文を執筆してノーベル平和賞を受賞。また別の噂では、脳にgpt-4搭載・・・・・てのは冗談で。


 そんな下らない噂を囁かれる程に、優秀な方なのだ。


 そして刮目すべきはその容姿。本当に純日本人かと思う程にパッチリと大きな瞳と高い鼻。もはやベージュに近い薄い茶色の少しカールがかった髪。情報屋から聞いた話によると、身長162cmで体重は・・・言わないでおいてあげよう。白くきめ細かい肌の素敵な完璧美少女だ。


 このやり過ぎな特徴から分かるように、彼女は常に学校の注目の的だ。逆に彼女の周りにいる人間はモブに成り下がる。俺も容姿的には上の中ほどだが、彼女の隣に立つと中の上まで下がってしまう。


 それも相まって、高貴すぎる彼女に近づこうとする勇気のある奴は少ない。


 しかし悲しいかな、まあ、羨ましがる男連中の方が多いが、その完璧お嬢様は俺の隣の席に座る。失礼。この俺が彼女の隣の席に下賤ながら座らせてもらっている。


「おはよー。鳳来」

「・・・・これはどうも。拝堂君」


 席が隣同士の俺達は、挨拶するくらいには交友がある。仲が良い訳ではないが、少なくとも俺は嫌っていない・・・・


 一方で、鳳来はどちらかと言うと俺を嫌っていると思っていた。

 なんと表現しようか・・・・そう、時々だが鳳来の言葉に棘を感じる事があるのだ。俺のコンプレックスを的確に突いてくるような会心の一撃をたまに当ててくる。

 

 俺もそれに反撃したいのだが、彼女が完璧すぎて攻め方が分からない。真央との入れ替わりの件だって言えないし。

 

 そもそも最も不思議に思うのは、鳳来の心情だ。

 昨夜は俺の膝の上でゴロゴロしていた彼女は、現在ピンッと背筋を立て授業を聞いている。


 俺が入れ替わりに気付いていないと思っているとは言え、そこまでオンとオフをはっきり切り替えられるだろうか?


 どっちの鳳来こそが、俺の見るべき彼女の姿が分からない。

 そして妹が鳳来に入れ替わりに気付いた事を絶対に言うなと脅された理由も知りたい。


 だから鳳来の真意を見抜くため、俺は彼女の行動、言動を逐一観察している。

 授業中であっても、俺は目を光らせる。


「おい、拝堂・・・・拝堂!!聞いてるのか!?」


 数学教師の萩原ハギワラ、通称ハゲワラの怒号が響く。どうやらいつの間にか当てられていたようだ。獲物が最も油断する瞬間とは、獲物を狙っている時とはこの事だ。


 やべー。何も聞いてなかった・・・・なんだ?なんだ?


「ここの問題だ!?聞いてなかったのか?」

「あー・・・・すいません。ちょっと見逃しました」

「ったく。頼むぞ。お前はやれば出来る奴なんだから。じゃあ、鳳凰!」


 鳳凰が俺の代わりにスラスラと解答する。ハゲワラは一言『正解』とだけ言った。


 あー・・・やちっまたなと思っていると、鳳来様がこっちを見ている事に気づく。少しドヤ顔気味で。そして彼女は言うのだ。


「ちゃんと授業は聞いていた方が良いですよ。この前のテストだって上位30名から外れていたではありませんか」

「えへへ。ちょっと色々と忙しくて・・・・」

「また下らないゲームと漫画ですか?趣味で本業を疎かにするなど愚の骨頂ですよ」

「はは・・・」


 来た。

 お嬢様のお説教。このお嬢様、自身が完璧すぎるからか、他人に異常にアドバイスをしてしまう。これも彼女に近寄り難い理由の一つ。


 そして説教中にずっと笑っているのが怖いのだ。齢16にしてもう『不敵な笑み』という強者しか覚えられない特殊ワザを使える鳳凰の説教は止まらない。


「どうせ家でも勉強などしていないのでしょう。周囲との差が一気に開いてしまいますよ。拝堂君は勉強が得意な訳ではないでしょう?」


 ずっとクドクドクドクド叱ってくる。お前は俺の母ちゃんか、とツッコむ隙も無い。

 

 止まらない。誰か止めてくれ。


 ちくしょー。ちょっとミスっただけで、こんなに言われるとは。

 お前だって昨夜は俺の膝の上でゴロゴロしてたくせに・・・・

 あんな猫撫で声で甘えてきたくせに・・・・


 まあ、そんな事は口が裂けても言えないので、今日も俺は完璧美少女の説教を甘んじて受けるしかないのだ。

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