第7話 トラのヌイグルミに埋もれて虎子を得る

 同時に二人が抱きついても微動だにしなさそうな、巨大なトラのぬいぐるみに鳳来寧々子はもたれかかる。


 否、そのピンクと白のボーダーのモコモコパジャマに身を包む美少女の正体は、鳳来寧々子の皮を被った拝堂真央という高校一年生だ。


 その完璧お嬢様に向き合うは、私立俊秀高等学校全生徒のお姉様、こと、生出ワコ。少し垂れたその柔らかい目尻を細くし、まるで菩薩のような笑顔で、そのトラのヌイグルミの子供のように座るお嬢様を暖かく見守る。


 しかしんながら幼馴染という関係性ながら二人の間には微妙な距離感がある。


 ワコちゃんは特段普通にお嬢様の事を聖母のような微笑みで見つめるだけだが、お嬢様は、その外見にデフォルトで内蔵されているキツい睨みをお姉様に効かせる。


「それで・・・・兄貴に入れ替わりを知ってるメンバーを伝えたのね?」

「うん、そうだよ」

「他には何か・・・・?」

「いえ、特段、何も?」

「本当に?」

「ええ、私は寧々子ちゃんに絶対に嘘をつきませんよ〜」


 ワコちゃんの言葉を信じたのか、お嬢様は「そう」とだけ言い引き下がる。

 それを見てわこちゃんは、ふふふと微笑むだけだった。


「でもやっぱり兄貴に伝えない方が良かったんじゃない?アイツ、少しでも不審だと思ったらすぐに調べ出すから。そんなに情報を与えない方が良いよ」

「あら、心配してくれるタイプってこと?」

「ただのストーカーだよ」

「あらあら。でも・・・もうバレてしまった以上。伝えた方が動きやすいじゃない?」

「動きやすい?」

「ええ。透くんは入れ替わりのサポートを喜んでしてくれるんですよね?なら、それを利用すれば透君と寧々子ちゃん・・・身体も心も寧々子ちゃんの寧々子ちゃん、の仲もギュッと近づくと思うの」


 何を思ったのか、ワコちゃんはお嬢様の身体ごとトラのぬいぐるみに抱きつく。それを押し除けようとするお嬢様ともみくちゃになりながら、ワコちゃんはお嬢様の髪の毛に鼻を突っ込み、脳内に花畑を感じる。


 至福の顔だ。


 しかし高嶺の薔薇と野原のタンポポの可愛らしい攻防の末、タンポポはその綿毛のように飛ばされてしまう。


「ああ!もう!うざったい!!ほんと、寧々子ちゃんも大変だね!ワコちゃんにこうもベッタリされてたら」

「だって〜。学校ではくっつくなって言われてるんだもん」

「家でもやめてよ」

「でも・・・寧々子ちゃんは家で透くんにベッタリらしいよ〜。真央ちゃんの身体を使ってだけど」


 そう言ってワコちゃんは昼間の戦利品。

 寧々子inツインテール真央ボディの写真を見せる。

 媚を売るようににゃんにゃんとポーズをとる自分の身体の画像を見せられて、お嬢様の中の真央は頭を抱える。 そしてお嬢様の身体で大きなため息をついた。


「はあ〜全く・・・・やめて欲しい〜」

「うふふ。じゃあ、伝えたら良いじゃない。透君は入れ替わりに気付いてるから、そんな事をしても頭のおかしな女だと思われるだけだって」

「そんな事できるわけないじゃん!だって・・・その・・・寧々子ちゃんって好きなんでしょ?兄貴の事・・・・?」

「うふふ。さぁ〜?」

「もし兄貴が入れ替わりに気付いた事を寧々子ちゃんが気付いたら、寧々子ちゃん絶対に恥ずか死しちゃうよ」

「じゃあもう、寧々子ちゃんが寧々子ちゃんのまま透くんと結ばれるように仕向けるしかないんじゃない?」

「う〜そうだけども〜」

「うふふ」


 お嬢様はトラのぬいぐるみに顔を埋める。


 自分が少し恥をかけば、幸せになれる者がいる。しかしその恥の大きさに果たして自分は目を瞑り続ける事ができるかは誰も知り得なかった。


「でも・・・もし仮に寧々子ちゃん寧々子ちゃんのまま透くんと結ばれて、真央ちゃんはそれで良いの?」

「・・・どう言う事?」

「うふふ。私はみんなのお姉さんだから。もちろん寧々子ちゃんは特別だけど、真央ちゃんにも幸せになって欲しいの」

「何?何が言いたいの?」

「いや?真央ちゃんも寧々子ちゃんの身体を少しくらい有効活用してもバチはあたらないんじゃない?って事」


 そんな含みのあるような、でもどこか優しいようなお姉様の笑顔に隠れた真意は、拝堂真央には未だ理解できなかった。

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