《あの日以降、時々耳を気にするようになった》小春視点
第35話 小春のぬいぐるみ
先日、神楽家のグループメッセージで雑貨店の営業を再開したと教えられた。
ほとんど関わりのないお店だけれど心底嬉しい。
やはり私以外の家族みんながやっているからだろうか。
「小春様。今日はどうされる予定ですか?」
「特に決まってません。雅さんは?」
「私も未定です。ただお昼過ぎに食材の買い出しを考えているのですが雨予報でして」
私はリビングのソファに座ってまったりとしていると家事をひと通り終えた雅さんがやってくる。
お掃除ロボットのルンさんを買ったお陰で以前よりも早くこなせるようだ。
流石としか言いようがない。
「雨予報ならネットスーパーとか利用してみますか?」
「ねっとすーぱぁ、ですか?」
「はい。スマホでポチポチ買い物するやつなんですけど…」
雅さんは未だにスマホの使い方をマスター出来ないらしい。
完璧に見えるけど苦手なところもあることに親近感が湧く。
私は雅さんにネットスーパーの説明をしようとした時、タイミング悪くインターホンが鳴った。
「……あら、桜花ちゃんが来ましたよ」
「え?連絡1つ来てないですけど」
「何やら袋を持ってますね。……宵楽は居ないようですが」
「雅さん?何か言いました?」
「いえ。とりあえず上げてもよろしいでしょうか」
「勿論です。っていうか上げないと駄々こねるので」
雅さんは小さく笑うと桜花をマンションの中に通す。
この隙に脇腹を撫でたら怒るだろうか。いや、怒られるよりも仕返しが怖い。
この前味わった雅ボイスは破壊力抜群だった。
「私、玄関まで出迎えてきますね」
「はい」
家事をし終えた後のエプロン姿で玄関へと向かう雅さん。
そんなレア姿に桜花は騒ぐだろうな…。
それにしても思えば雅さんと暮らし始めてもう少しで3ヶ月なのか。
「だいぶ頑張ったなぁ私」
当初は今みたいに同じ部屋でくつろぐどころか、まともに喋ることすら出来なかった。
でも桜花がキッカケを作ってくれたあの日から私は少しずつ変われている。
それはきっと雅さんの優しいサポートがあるからだ。
最近は前より怖いとは思わなくなったし。
「なのに震えるんだよねこの手は」
「お姉ちゃん何で手を叩いているの?」
「うわっ!桜花!」
「その反応酷くない?せっかく良いもの持ってきたのに!」
理不尽に震える手を1人で叩いていれば桜花と雅さんがリビングに入ってくる。
不審な顔で私を見る桜花の手には紙袋が下げられていた。
「またアニメグッズ買ったの?」
「違うし!これお姉ちゃんのだし!」
「私の?」
「そう!雅お姉ちゃんも見て見て!」
「はいはい」
桜花は私の隣に勢いよく腰を下ろすと雅さんを手招きする。
雅さんも落ち着いた様子で頷くとエプロンを脱いで桜花の横に座った。
「雑貨店を営業停止にしている時ね?みんなで実家の整理したの!色んな物が出てきた中にお姉ちゃんのも入っていたんだ!」
「わざわざ持ってきたの?」
「流石にゴミは持ってきてないよ。まずはこれ!」
紙袋に手を突っ込んだ桜花はガサゴソ音を立てると1つの物体を取り出す。
少しくたびれたピンク色のうさぎのぬいぐるみ。私はそれを見た瞬間「あ」と声を出してしまった。
「桜花ちゃん、このぬいぐるみは?」
「お姉ちゃんの唯一のお友達!これないと眠れないんでしょ?何で実家に置いてきたの?」
「いや1人でも眠れるし……。ってか唯一の友達って何?」
「ふふーん」
わかりやすくはぐらかしたこの妹。
私は桜花を睨みながらうさぎのぬいぐるみを受け取る。
この肌触り、懐かしい。実家に居た頃はベッドの上を守ってくれていた。
でも雅さんとこの家に引っ越すことが決まって私は押し入れに封印したのだ。
だってぬいぐるみと一緒に寝ているなんて恥ずかしいし。
「小春様はぬいぐるみがお好きなのですか?」
「いや、その…」
「実はこの他にもぬいぐるみは沢山あったんだよ。もし必要ならあたしが全部持ってきてあげる!」
「も、もういい!この子だけで良い!」
桜花のニヤニヤした視線と雅さんの愛おしいものを見つめるような視線が痛い。
私は隠すようにうさぎのぬいぐるみを端に置いて、桜花の紙袋を覗き込んだ。
「他には何持ってきたの?」
「お姉ちゃん誤魔化してる?」
「誤魔化してない」
「ふふっ。小春様の可愛い一面が知れましたね。もし必要でしたらその子のほつれた部分を直しましょうか?」
「直せるんですか…!」
「はい。私が触って良いのであれば」
私は隠したぬいぐるみを手にしてその姿を眺める。
長年一緒に居たからボロボロになっている部分もあった。
でも雅さんなら直せる。
改めて許嫁の家事能力の高さに感動した。
「雅お姉ちゃ〜ん。あたしには可愛いって言ってくれないの?」
「桜花ちゃんにはいつも言っているじゃないですか。今日も可愛いですよ」
「へへっ」
雅さんに頭を撫でられてご満悦な桜花は次の掘り出し物に手を伸ばす。
そして紙袋から出てきたのは数枚の画用紙に真っ黒な絵が描かれた不気味なものだった。
「じゃーん!お姉ちゃんが小さい頃に大量生産していた謎の絵でーす!」
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