第20話 チャレンジ成功

 日曜日。今日は天気が良いようで朝から晴れ渡っている。


 そんな寝るのには最適な休日の朝、私と雅さんは玄関に居た。


「今日は逆ですね。小春様に見送られるのは新鮮な気持ちです」

「私もです。忘れ物は無いですか?」

「はい。全て点検しました」


 今日から最低2日間の出張に行く雅さん。着替えなどは既に送ってあるようで荷物は少なかった。


 あまり見ることが出来ない私服姿。てっきり仕事着でも見れるのかなと思ったけど、それは現場に行ってかららしい。


「それでは何かあれば連絡をください。私でなくてもお義母様や桜花ちゃんに頼ってくださいね?」

「わかりました。でも心配しないでください。私だって高校生なんですから」

「ふふっ。そうですね。こんなことを言っては桜花ちゃんが拗ねてしまいますが、小春様は危なっかしいところが無いので安心です」

「桜花に言ったら絶対拗ねますね…」


 きっと頬を膨らませて体育座りで不貞腐れながら「あたしとお姉ちゃん1つしか変わらないじゃん!」と叫ぶはずだ。

 雅さんも同じ想像をしているのか小さく笑っていた。


「小春様」

「あっはい」

「いつもの……良いですか?」

「も、勿論です」


 雅さんは手のひらをこちらに向けようとする。しかし私はそれよりも速く手を上げた。


「きっ、今日は雅さんがどうぞ…」

「良いのですか?」

「…はい」


 いつになってもこの瞬間は緊張する。それに加えて恐怖も混じるから自分に呆れていた。


 一緒に暮らし始めて2ヶ月と少し経っても蓄積されたものは消えてくれない。


「異常なくらいに震えてますけど見なかったことにしてください」

「ふふっ。かしこまりました」


 今日は指同士をくっ付けているので手全体が微動する。まるで手を振っているみたいだ。


 情けないのに自分の意思で止められないのが本当に恥ずかしい。

 でも雅さんはそんなのを気にすることなく手を近づけてきた。


「温かいです」


 私に遠慮して雅さんは指先だけを手に添えてくる。相変わらず冷たい手。

 夏でもこの体温なのだろうか。


「……」

「小春様?」


 私は思い切って雅さんの手に自分の手を押し付ける。

 初めて見送りハイタッチが成功した瞬間だった。


 でも私は目をギュッと瞑って顔を逸らす。

 視覚からの情報が無くなった今、雅さんの手の感触がより伝わってきた。


「うぅぅぅ…」

「本当に可愛いですね」


 愛情を全て込めたような声に私は首を横に振る。


「ふふっ。可愛くないのですか?」

「ないのです…」

「そんなことありませんよ。小春様は可愛いです」

「な、何秒…今…?」

「5秒ほどでしょうか」

「記録、更新…」

「はい。とても嬉しいです」


 手汗が酷い。震えも酷い。遂に限界がきた私は落ちるように手を離して玄関に座り込んだ。


「こ、小春様!」

「平気…です。ちょっと頑張った、だけ」

「朝からそんなに頑張らなくても」

「だってこれから雅さんが…」

「私が?」

「……雅さんが頑張るから、私もと」


 何だか今になって実感が湧いてくる。今日から2日間は雅さんに会えないということに。


 下手すれば1週間は帰って来ない可能性もあるのだ。

 けれど寂しいとは思わない。


 強く滲み出ている感情は“頑張って欲しい”という想いだった。


「っ、ごめんなさい。ちゃんと見送りするって決めたので」


 私は自分の頬を叩いて喝を入れると壁を支えにしながら立ち上がる。


 雅さんと目を合わせることは出来ないけど、気持ちは伝わってくれたはずだ。


「雅さん出張頑張ってください。夜は通話しましょうね」

「…はい。行ってきます」


 雅さんは荷物を持つと玄関を開ける。私はその背中を見つめて激しく動く心臓を落ち着かせようとした。


「小春様」


 すると雅さんは振り返る。急に振り返ったものだからバチっと目が合ってしまった。


「あ…」

「私、小春様のそういうところ好きです」

「ふぇ!?」

「私が出張に行っている間、浮気しちゃダメですからね?」

「しっしませんよそんなこと!!」

「冗談です。それじゃあ行ってきます。お土産期待していてください」


 雅さんは微笑みながら手を振って扉を閉める。凄く嬉しそうだった。


 私はというと全身の力が抜けて再度床へ膝をつく。

 そして数回瞬きした後、のぼせるくらいの熱が頭へ上がった。


「やっぱり敵わないって……」


 結局優位に着くのは雅さんらしい。


 一昨日初めて弱い部分を知れたと思えば、今日で全てを挽回してきた。

 あれが大人の女性なのだろうか。


 私は静かになった玄関に寝転がって謎の余韻に浸る。

 そんな時、リビングの方から何やら声が聞こえた。


「お掃除を開始します」

「え?何?」


 この時の私は昨日行われた雅さんの準備を舐めていた。

 不審な音声から始まった1人生活。私は唾を飲み込んで体を起こした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る