第19話 一緒じゃないと寂しいらしい
じわりと赤くなっていく雅さんの耳。私の頭の中では「離れたくないです」が響き渡っている。
理解が追いついた瞬間、重い痛みが心臓を襲った。
「……すみません。変なことを」
「い、いえ」
初めて嬉しいという感情が恐怖に勝った。
「離れたくない」の意味は私を縛り付けておくとかそういうのではなく、寂しいの想いが含まれているのがわかる。
だからこそ私も恥ずかしくなるのだ。
リビングに正座する私達は今、同じような表情になっているはず。
「やっと私達の距離が縮まってきたのにって思ってしまいます」
「そ、そうですね」
「でもそれ以上に寂しいです。小春様の顔を見て毎日頑張れているので」
そうだったんだ。雅さんにとって私は結構大きな存在になっているらしい。
許嫁だから当たり前かもしれないけど、私の感覚と比べたら圧倒的に大きいはずだ。
「……小春様はどうですか?」
「どう、とは?」
「私が出張に行くと寂しいという感情は湧き上がりますか?」
雅さんは私の顔を見ながら小さく首を傾げる。反射的に逸らしてしまう私の目。
即答は出来なかった。
というのも寂しいの気持ちが見つけられない。でも縮まっている距離が離れてしまうのは私も嫌だった。
「な、なるべく早く帰って来て欲しいなとは……思います」
可愛くない答えだ。流れで寂しいと言ってしまえばきっと雅さんも喜んでくれたはずなのに。
けれど本心に反する想いを私は声に出せなかった。
「答えにくい質問をしてしまいましたね。でもその言葉が聞けて私は嬉しいです」
こんな返事でも雅さんは嬉しそうにしてくれる。その反応で更に申し訳なく思ってしまった。
今の私が雅さんにしてあげられることは何なのだろうか。せめてその寂しい感情を消してあげたい。
「あの、雅さん」
「はい」
「出張中は毎晩通話しませんか?」
「通話ですか?」
「スマホがあればどこでも声は聞けますし。それに顔が見たいならビデオ通話の選択もあります。もし時間があるのなら朝でも構いません」
「……通話」
雅さんの表情はみるみる明るくなっていく。それと同時にリビングに漂っていた不穏感が消えていった。
たぶん、通話の選択肢が頭に無かったのだと思う。
桜花も言っていたが雅さんはスマホ慣れしていないので機能もほとんど知らないのだろう。
「小春様は通話しても良いんですか?」
「私は大丈夫です」
「ビデオ通話というのは顔を見れるのですか?」
「こうやってカメラに顔を映せば相手を見ながら会話可能ですよ」
私は試しにスマホで雅さんにビデオ通話をやってみる。
慌ててボタンを押した雅さんは画面に映る私を見て感動の声を上げていた。
「小春様がスマホにいます…!」
「私からも雅さんが見えてますよ」
お互いが目の前に居るのにスマホ越しで会話するのが面白い。
もしこの提案をしていなかったら沈んだ空気のまま明後日を迎えていたのだろうな。
「どうでしょう?これなら少しは寂しくないですかね…?」
「はい。このような方法は思いつきませんでした」
持っているスマホから雅さんの強い視線を感じる。それがむず痒くてビデオ通話を切った。
「あっ」
「も、もう終わりです。出張中はメッセージくれれば私から通話しますので」
「ふふっ。わかりました」
雅さんは愛おしむようにスマホを撫でる。本当に使いこなせてないのだな。
それにしても今日は珍しい雅さんを見れた。私よりも年上のはずなのにまるで幼い子供のように寂しがってくれるなんて。
もしかしたら出張の匂わせがあった時から寂しい感情は出していたのかもしれない。
それを私は疲れていると受け取ってしまっただけで。
「……雅さん」
「何でしょうか?」
「ちょっと脱線するんですけど雅さんって自分を動物に例えると何だと思います?」
「動物?そうですね……あまり考えたことはありません。誰かに例えられることも無いので」
「なるほど」
「どうしてそんなことを聞くのですか?」
「ええっと…」
「小春様から見て私はどんな動物が相応しいですか?」
急に話題を変えても雅さんは嫌な声もせず話してくれる。私はさっき感じた動物の名前を言おうとした。
しかしその答えは言い出す前に止まる。
「……出張から帰って来たら教えます」
「ふふっ。それは策士ですね。ならば早く答えが聞けるように仕事を頑張らなくては」
うん、やっぱり大型犬が相応しい。通話という対面手段を知ってから一気に明るくなっている。
今までの悩みが嘘だったみたいに。
「でも最低2日間ですか。食事はコンビニかな」
「それに関してはご安心ください。明日のうちに家事面の準備をしておきます」
「え?別に作り置きとか大丈夫ですよ。雅さんは出張のために休んでいてください」
「いえ。私が1日ずらしてもらったのは準備のためです。小春様が1人でもスムーズに生活出来るように様々な考えがありますので」
なのに通話の選択肢は思い浮かばなかったんだ。私は心の中でツッコミを入れる。
そんな時、ふと私の視界にオシャレな紙袋が見えた。
「雅さん。今日の夕飯の後、出張前の頑張ろう会をやりませんか?」
「頑張ろう会ですか?」
「美味しいプリンを買ってきたんです。質疑応答会で雅さんはプリンが好きって知りましたから」
私は正座のまま紙袋を引き寄せて雅さんに見せる。
「てっきり疲れていると思っていたので少しでも癒せたらと買ってきたんです。後で一緒に食べましょう?」
「……小春様。やはり一緒に地方に行きませんか?」
「えっ!?」
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