第9話 お互いが知りたくて
雅さんの泣き顔を見たあの日から少しの時が経過した。
でも相変わらず私は、雅さんに対して怯えてしまう。
けれど変わりたいという思いは薄れることなく、見送り握手チャレンジも指先を4秒ほど付けることまで成長した。
「それでは小春様、どうぞ」
「はい」
今日も震えながらゆっくりと雅さんに近づく。低い体温は緊張する私の指先をより冷たくさせた。
それでも嫌な気持ちにはならない。あるのは恐怖心だけだ。
「あのっ雅さん」
「何でしょう」
「きょ、今日の夕飯の後……お時間ありますか?」
私は雅さんから離れて鞄の持ち手を握りしめながら尋ねる。
脳内にはこの1週間ずっと計画していたことを思い浮かべていた。
視界の端に映る雅さんは戸惑う様子もなく綺麗な姿勢のまま立っている。
「勿論です。小春様からの質問には何でも答えさせて頂きます」
「はい。ありがとうござ……ま、待ってください!まだ何も言ってないのに何でそのことを!?」
思わず雅さんの方に顔を向けるが、目が合った途端反射的に逸らしてしまう。
1週間ずっと練っていた計画。
それは雅さんのことを知るための質疑応答会を開くことだった。
“会”と言っても参加者は私と雅さんだけ。その計画書となる質問リストを日々夜な夜な書いていたのだけど…。
「まさか部屋に入って!?」
「部屋はお掃除の時にいつも入っていますよ。同棲を始めた時、小春様にも許可を頂いておりますが」
「あっ…」
そういえばそうだった。掃除が好きな雅さんは毎日、家の全てを掃除する。
だからここに住み始めた当初に部屋に入る許可を尋ねられたのだ。
その時の私は妖怪と暮らす事実に頭がバグっていたので適当に返事をしてしまったのを思い出した。
「申し訳ありません。昨日掃除をしていたら小春様の机の上にあった紙が目に入ってしまい…」
「な、なるほど」
私はいつもの妖怪への恐怖。そして見られた恥ずかしさでガタガタ震える。
それを見た雅さんは少し動揺したように声を出すと早足でリビングの方に戻っていった。
「み、雅さん?」
「数秒お待ちください…!」
すると本当に数秒で雅さんは玄関へ戻ってくる。
息1つ上がってない姿で私の目の前に立つと1冊のノートを見せてきた。
「実は昨日、小春様の質問リストを見て私も用意したんです」
「え?雅さんも?」
「はい。私も小春様のことを知りたいので。なのでもしよろしければ私も小春様に色々質問しても良いでしょうか…?」
雅さんはノートを顔の前に持ってきて静かに喋る。
口調は冷静だったけれど見えている顔部分は若干赤に染まっていた。
私は肯定の意味を含めた頷きを数回すれば、安心したように雅さんは顔を見せてくれる。
「それでは夕食の後、デザートでも食べながらやってみましょうか。私達の質疑応答会」
「その名称言わないでください…!!」
雅さんは質問リストの上に書いてあった文字まで読んでしまったのだろう。
私は会の名前を口に出されて余計に恥ずかしくなる。そんな様子に雅さんは優しく微笑んでいた。
「それではいってらっしゃいませ。小春様」
「行ってきます…」
朝から凄く恥ずかしい。今の状態は恐怖より羞恥が勝っていた。
そりゃあ、1週間計画していたことが相手にバレていてダサい名称を言葉にされたら恥ずかしくもなる。
でもきっとそれだけじゃない。
「雅さんまで照れる必要はなくない?」
マンションのエレベーターを降りた私はノートを持ってきてくれた雅さんの表情を思い出す。
あの顔を桜花は見たことあるのだろうか。
「ん?」
そんなことを考えていると私のスマホに3件のメッセージが届く。
【お姉ちゃんいつもの時間に来ないから先行くね〜】
2件は桜花からのメッセージと謎のブタスタンプ。
そしてもう1件は
【今からお掃除のために部屋に入ります】
業務連絡のようなメッセージを送る雅さんからだった。私は不思議と笑みが溢れてしまいすぐに返信を送る。
【質問リストは見ないでくださいね?それとわざわざ報告しなくても大丈夫ですよ】
【はい】
冷たい返信に見えるけど単純にスマホ操作が苦手だということは知っている。
もしかしたら現時点で数少ない雅さんの情報かもしれない。
私はスマホを鞄にしまってマンションを出る。今日の夕飯後の会に手を震わせながら。
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