第34話 腹筋ハイタッチ(2)
そしてそのまま1人分空けて座る小春様へ近づく。
顔は真っ赤で茹で上がっているみたいだ。対する私も心臓がバクバクと鳴り出す。
残り数センチで私の腹筋に小春様の震える指先がくっ付く。
「それではいきますね」
「はひ……」
ゴクリと唾を飲み込んだのは同時だった。
私は小春様に押し付けるような形で腹筋を密着させる。
勢いが良すぎたのか小春様は大きく全身を跳ね上がらせた。
「小春様?大丈夫ですか?」
「だっ、だだ大丈夫っす」
「口調がおかしくなっていますよ」
手というものはこんなにも微動出来るものなのだろうか。まるでマッサージ機のように揺れる小春様の手を見て思う。
「どうでしょうか?」
「あの、その、ですね…」
「はい」
「かっ硬いです」
「腹筋ですからね」
「うぅぅぅむぅ」
見た感じ恐怖が大きいわけでは無いようだ。私はそれを良いことに少しだけ腰を動かす。
そうすれば小春様の手は私の腹筋を撫でるような感じになった。
「はわわわっ」
「新しい小春唸りですね」
「ど、どうやったらこんなに割れるんですか…!?」
「特別なことはやっていませんよ。仕事上、活動量が多いのは関係しているかもしれませんが」
「凄い…ボディービルダーみたい…」
「そんな大袈裟な」
小春様も次第に慣れてきたのか唸りが少なくなってくる。
やはり視覚からの情報は大きいのだろう。
こんなに距離が近いけど、目を瞑っているお陰で逃げられることもない。
「………」
それなのに小春様の手の震えは一向に収まらなかった。意識的ではない震え。
やはり本能的な問題なのだ。
「くふっ…」
「雅さん?」
「す、すみません。ちょっと、小春様の手が」
微動しすぎてくすぐったい。
私から離れれば良い話なのに心地よいくすぐったさがクセになって身体が動かない。
「ふはっ、くくっ」
「え?笑ってます?」
「ごっごめ……ふふっ」
場所も脇腹に近いから余計だろう。私は口元に手を当てながら溢れる笑いに耐えようとする。
ふと、小春様の顔を見てみると閉じられていたはずの瞼が開いていた。
「「あ」」
2人同時に出した声はお互いを離れさせる合図となる。
動くのが億劫だったのに小春様に見られたとわかった瞬間、恥ずかしさが襲ってきた。
今度は私が小春様の顔を見れない。
「……目、開けていたのですね」
「数秒前に」
「……みっともないところを見せてしまい申し訳ありません」
「いえ全然」
私と小春様の間には1人分の空白。
離れて冷静になったのか、先ほどまでの変態な行動がじわじわと私の中に染み込んでいた。
本当にみっともなかった。いくら許嫁とはいえ高校生に肌を触らせるなんて。
もしこれがバレたら逮捕されるのだろうか。
家族に。
「雅さん」
「どうされまし…ひゃっ!」
すると小春様の手が伸びてきて服で隠れた脇腹を突っつかれる。
思わず声を上げてしまった私は勢いよく小春様の方を振り返った。
視線の先に居る小春様は目を丸くしていたが、すぐに意地悪そうな顔に変わる。
「雅さんの弱点は脇腹ですか。桜花は知っているのかな…?」
「や、やめてください。私もさっきまでこんなに弱いとは思ってなかったんです」
「なるほど」
何だか形勢逆転し始めている。私は脇腹を腕で隠して身体を丸めた。
「もうダメですよ」
「あと1回とか…」
「なぜそこまで突っつきたがるのですか?」
「だってあそこまで笑う雅さんは初めて見たので…」
確かに小春様の前で耐えなくてはと思うほど笑うのは初めてだった。
いつも私がするのは心地よい幸せや可愛さに対する微笑みだから。
「その、あんな感じで笑う雅さんも素敵ですよ。だからみっともないなんて言わないでください」
…結局最後はこうなってしまうのか。
私は口角を小さく上げて体勢を元に戻す。
身体に熱が籠っているのは恥ずかしさだけでは無いはずだ。
「そう言われるとは思ってませんでした」
「い、嫌でしたか?」
「弱点を突っつかれるのは嫌ですね。でもありがとうございます。小春様」
先ほどの意地悪な顔とは違い、優しい笑みを浮かべてくれる小春様。
そんな顔されるともっと近づきたくなってしまう。
私は誤魔化すように咳払いをした。
「もしも小春様が私の脇腹を突っつくのであれば、対価として私も小春様の弱点をいじめますよ?」
「え?私の弱点ですか?そんなものどこに…」
「もう一度目を瞑って頂けますか?」
「嫌です」
「あれだけ私をいじめたのにですか?」
「だって最初は仕方ないし……突っついたのも1回だけだし…」
「では私も1度だけです」
やられっぱなしでは年上のプライドが傷つく。
私が食い下がらないのがわかった小春様は渋々と再度目を閉じる。
そんな小春様に近づいた私は小さく可愛い耳元に口を寄せた。
「小春様の弱点はここです」
「ひゃいっ…!」
声を低くしてゆっくりと囁いてみれば面白いくらいに小春様は身体をビクッとさせた。
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