第33話 腹筋ハイタッチ(1)
ポツポツと雨が降る日。私はリビングで雑誌を読んでいた。
しかし頭の中に雑誌の内容は入ってこない。常に浮かんでいるのは桜花ちゃんと玉藻前のことだった。
「……では改めまして。こちらが桜花ちゃんの護衛を担当する宵楽です。天狗族で少しぶっきらぼうな性格をしていますが、腕はピカイチなので安心してください」
「はじめまして宵楽さん!神楽桜花だよ!」
「さん付けはやめろ。桜花サマ」
「ならサマもやめて。宵楽」
「ふん」
先日決まった桜花ちゃんの護衛の件。今日の早朝に2人の顔合わせがあった。
最初は護衛事情よりも桜花ちゃんの心が心配だった。
しかしあの子は怯えることなく、むしろ初対面の妖怪に心を躍らせていた。
何気にあのような人間が1番怖いのかもしれない。
「はぁ…大丈夫かしら」
護衛の件は宵楽に任せれば良い。なのに私は桜花ちゃんのことを考えてしまう。
1番に考えなければいけないのは小春様だと父さんにも怒られたのに。
「ただいまです」
「あっ、小春様。おかえりなさいませ」
「雅さん今日は早い帰りなんですね。靴があったのでビックリしちゃいました」
するとタイミングが良いのか悪いのか小春様が学校から帰宅する。
私は雑誌を閉じるとそのまま台所へ向かった。
「期末テストお疲れ様でした。最中を作ったのですが食べますか?」
「あ、ありがとうございます…!食べたいです!」
「ふふっ。ではご用意します」
人間の女子高校生が最中なんて食べるかなと思っていたけど杞憂だったようだ。
小春様は育ち盛りな時期もあってか何でも食べてくれる。
最中を盛り付ける私をキラキラとした目で見る姿はとても可愛かった。
「本当は洋菓子も作れたら良いのですが」
「雅さんの和菓子はとても美味しいですよ。それに和菓子の方がカロリー低いって言いますし」
「もしかして小春様はダイエット中なのですか?それであれば食事のメニューも比較的健康なものに…」
「いっ、いえ!ダイエットはしてませんよ!ただやっぱりカロリーが気になる時はあるじゃないですか」
そう言われても私はそのような時が無かったから気持ちがわからない。
小春様の歳の時こそ食べておかなければならないと思うのだが。
私は小皿に移した最中をリビングへと運び、テーブルに置いた。
「小春様は気にする必要は無いと思います。それは桜花ちゃんにも言えることですが」
「でもスタイル良くなりたいのは誰もが思ってます」
「小春様のスタイルは良いですよ」
「服の下はヤバいです」
「そうなのですか?」
部屋着でも制服でも小春様のスタイルは悪く見えない。
人間の女子高校生特有の悩みを理解するのにはもう少し掛かりそうだ。
私は疑問を抱きながら自分用の最中に手を伸ばす。
すると隣から強い視線を感じた。
「どうかされましたか?」
「な、何でもないです」
小春様は何を見ているのだろう。私の顔ではないのは確かだ。
私は最中をひと口食べるけど小春様は考え込んだように動かない。
先ほどまで最中に目を輝かせていたのに。
「小春様。どこを見ていらっしゃるのですか?」
「あっ…!す、すみません!お腹見てました!」
「お腹?私のお腹ですか?」
「……この前桜花が雅さんの腹筋はスラっバキって言っていたので」
小春様は気まずそうに俯く。そういえば雨で迎えに行った時にそんな話をした。
私は最中を1つ食べ終えて手を拭く。
「気になるのでしたらお見せしましょうか?」
「ふぇっ!?」
「私としてはそこまで珍しいものではないので」
「いや別にそんな」
「でも桜花ちゃんは興味津々に見てましたね…」
「そ、そうですよ!その前に何で桜花は雅さんの腹筋見てるんですか!?」
私は至って普通だと思っている自分の腹筋を撫でながら思い返す。
見せたと言ってもあれは事故だし、桜花ちゃんが小学生の時だ。
「確かうちの屋敷に遊びに来ていた桜花ちゃんが私の着替えに遭遇……だった気がします。小春様が食べ物をキラキラした目で見るような感じで桜花ちゃんも目を輝かせていましたよ。どさくさに紛れて触ってもいました」
「桜花…」
「その後は私のようになりたいと言って筋トレをやっていた時期もありましたね。すぐに終わりましたが」
「桜花……」
小春様は呆れるように額に手を当てる。
でももし小春様に今の桜花ちゃんの話をしたら呆れという感情さえも恐怖に塗り替えられてしまうのだろうか。
…変な想像はやめよう。
神楽家からこの話は小春様には内密と言われている。
「さて、小春様も腹筋見てみますか?鬼族の肌質は人間と変わりありません。そんな凶悪なものでも無いので安心してください」
「いや…でも…」
小春様は現在、興味と恐怖で揺れていた。
そして若干興味が勝っている。
同棲を始めた頃は私からの提案全てが恐怖だと認識されていたのに。
本当に何が起きるかわからない。
「ふふっ。なら腹筋ハイタッチでもしてみましょうか?」
「そ、それは一体…」
「その言葉通りです。小春様は目を瞑って手のひらを差し出してもらえれば、怖いものを見ずに好奇心を満たせられますよ?」
我ながら変態な案だと思う。小春様に触れて欲しいと心の中でねだる私も、以前では考えられなかった。
すると小春様は目を強く瞑って微動する手のひらを出してくる。
それを良い方へと受け取った私はゆっくり自分の服を捲った。
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