5章 神楽姉妹の過去と秘密

《幼い頃は今と比べ物にならないくらい活発だった》雅視点

第32話 桜花の過去と護衛

 梅雨半ばの某日。

 私の実家である屋敷には自警団の者が集結していた。


「神楽雑貨店の妖具は何者かによって改造された物だった。店主にはいち早く連絡を送り、早いうちに営業を再開する予定だ」


 父さんからその言葉を聞いた時、私はホッと胸を撫で下ろす。

 これで神楽雑貨店は利用された側だということが確定した。


「良かったです…」

「んで?その何者ってのは目星ついてんのか?おじさん」


 私の隣にいた宵楽は髪の毛を乱暴に掻きながら父さんに尋ねる。

 たぶん早朝からの会議でイライラしているのだろう。


 そんな宵楽の質問に父さんは黙り込む。


「おじさんどうした?目星ついてねーの?」

「いや。目星がついてしまった妖怪が面倒な相手でな」


 すると父さんは1枚の紙を取り出して私達へ見せる。

 その紙を見た瞬間、私の中で怒りが湧き上がった。


玉藻前たまものまえ…!」

「雅落ち着け。他の者もこの指名手配書は知っているだろう。幻や魅了の妖術を得意とする九尾族の妖怪、玉藻前を」

「数年前に雅が捕獲した奴か。そんで脱獄されて今も足取りは掴めてないんだっけ?」

「ええ」


 私は玉藻前と対面した当時を思い出す。


 結局何がしたかったのかはわからないが、奴は1人の少女を傷つけた。

 怒りに震えないわけがない。


「……父さんはなぜ玉藻前の仕業だと思ったの?」

「妖具に染み付いていた奇妙で濃いフェロモンからの推測だ。実は神楽雑貨店の新商品で妖怪のフェロモンを感知するという物があってな。営業停止させてしまったのにも関わらず、念の為使わせてもらったんだ」

「何でそんなもん作ってんだよあの店」

「宵楽」

「へいへい」


 父さんの推測に私は納得する。妖怪のフェロモンとはいわゆる妖気のことだ。


 妖気はその種族の術を使えば染み付く仕組みだが、近年は術を使える妖怪は減ってしまっている。


 奇妙で濃いフェロモンとなれば対象も絞られてくるだろう。


「改造された妖具に入っていたのは特殊な薬でも煙でもなく、玉藻前の妖術というわけね」

「だから我の鼻でも匂いはしなかったわけか」

「まだ確定はしていないがな」


 私は拳を握りしめて怒りに耐える。今は居ない相手に怒るのはやめようと言い聞かせながら。


 席を立った私は自警団の妖怪達の前で話をする父さんの元へ行く。


「父さん。もしこの仮説が本当なら桜花ちゃんが危ないかもしれない」

「桜花って……神楽雑貨店の次女?雅の嫁さんの妹?」

「ええ。以前、桜花ちゃんは奴に襲われかけたの。ちょうど私が近くにいたから捕まえることが出来たのだけど」

「あーそれはやべぇわ。妖怪に襲われた人間ってまた同じ妖怪に襲われやすくなるからな。玉藻前のマーキングは強そう」


 幸い、桜花ちゃんは怪我をすることなく今も生活を送れている。


 何気に凄いのは一度妖怪に襲われかけても心が病まず妖怪と接しているところなのだが…。


「もしも今回の事件が桜花ちゃんに関連してしまうのであれば徹底的に彼女を護衛しなければならないわ。だからこの事件が収まるまで私が…」

「ダメだ」

「父さん!?」

「まだ桜花様が狙われていると決まったわけではない。それにこちら側は玉藻前の情報が少な過ぎる。事件が収まるのはもっと先になるかもしれないのだぞ」

「でも…!」

「パパの言うことを聞きなさい!!第一小春様はどうするんだ!お前が1番に守るのは小春様なのだぞ!」

「わ、わかっているわよ!」


 父さんの面倒臭いモードが発動してしまった。他の妖怪達は「また始まった」とクスクス笑っている。


 宵楽もニヤつきながら私達を拝見していた。


「良いか雅!お前にはまだ許嫁の自覚が足りていない!小春様の生涯の伴侶となるのであれば小春様を優先して考えろ!そう、パパがママを愛するように!」

「私はいつだって小春様が1番よ!でも義妹の桜花ちゃんが危険に晒されていると知って何もしないのはどうかと思うわ!」

「パパは何もしないとは言っていない!」

「じゃあ何なのよ!?」


 先ほどまでの厳かな会議は私と父さんの喧嘩で崩壊している。

 でも周りは止めることなく、むしろヒートアップさせようとしていた。


 すると父さんは長机を叩いて立ち上がったと思えば1人の天狗を指差す。


「他の者に護衛を任せれば良いだろう!例えば宵楽とか!」

「あぁ!?何言ってんだよおじさん!」


 思わぬ飛び火が掛かった宵楽は苛立ちが最高潮に達したように怒鳴る。

 私はそんな宵楽を見て首を横に振った。


「無理よ!宵楽が護衛なんて出来るわけないでしょう!」

「ただでさえ自警団の人数が減っているんだ!伴侶が居ない、お見合い全てを切り捨てる宵楽が適任だと思わないか!」

「そこの親子覚えてろよ……」


 もう何が何だかわからない。


 毎回自警団の会議では何かしら問題が発生している。

 結局、私と父さんそして宵楽の喧嘩は1時間ほど続いた。


 他の妖怪も玉藻前の存在すら忘れてガヤを入れている。

 そんなどんちゃん騒ぎが収まったのは巡回に行っていた母さんが帰ってきてからだった。


「それではしばらくの間、宵楽に神楽桜花様の護衛を担当してもらう!」


 最終的に言い渡された命令に宵楽は長机へ拳を突き刺した。

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