第31話 夜デート

 思い返せば雅さんとデートなんて初めてな気がする。

 一応、2人で一緒に歩くのはしたことあるけれど正真正銘のデートは初だった。


「よ、寄り道ってどこに?」

「特に決めてはいません。フラフラ歩いてコンビニまで行くか心霊スポットに行くか…」

「心霊スポット!?」

「ふふっ。冗談ですよ」


 雅さんも冗談を言うんだ。


 そういえば隣を歩く雅さんの雰囲気がいつもと違う気がする。

 恐ろしさや禍々しさなどのオーラではない。


 どちらかというと柔らかいオーラを出しているというか。


「小春様とこうやってお散歩するのも良いですね。いつか朝の散歩にも行ってみたいです」

「あっ」

「どうしましたか?」


 オーラの正体がわかってしまったその瞬間、私の目にはそうとしか捉えられなくなる。

 見えない耳と尻尾が雅さんの頭と腰に出現した。


「雅さん、覚えていますか?出張前にどんな動物が相応しいか話したこと」

「そういえばそんな話をしましたね。色んなことがあって忘れかけていました。もしかして、今教えてくれるのですか?」

「雅さんが聞きたいのであれば」

「是非とも聞かせてください」

「……犬」

「え?」

「雅さんって犬っぽいです」


 私の答えを聞いた雅さんは立ち止まってポカーンとした表情になる。


「犬、ですか」


 もしやダメな答えだったか。

 よくよく考えてみれば、犬みたいと言われて気を悪くする人だっている。


 私は何気なく言ってしまった言葉に冷や汗が滲み出た。


「あっいや違くて。悪い意味じゃなくて」

「どちらかというと犬と例えるのが相応しいのは小春様だと思っていました」

「わ、私?」

「はい。でもそうですか。私が犬……」

「あの本当に悪い意味じゃありませんよ?ほら犬系とか猫系とか言うじゃないですか」

「ええ、わかってますよ。別に私も小春様の犬になれるのなら嬉しいですし」

「へ?」

「きっと小春様に飼ってもらえたら幸せなのでしょうね」


 夜道でもハッキリ見える雅さんのからかう笑み。完全に私の反応を楽しんでいる。

 それがわかっていても私は戸惑いを全面に出してしまった。


「ふふっ。私はいつでも撫でられ待ちですよ?」

「ふぇ!?」


 雅さんは嬉しそうに笑うと片手を差し出してくる。それはまるでお手のように。


「この手は…」

「リード代わりに繋いでみますか?」

「リード…繋ぐ…?」

「どこかへ行ってしまうかもしれませんよ?」


 私は差し出された手を見つめて固まる。

 まさか試されているのかな?それとも単純に遊んでいる?


 たぶん後者の方だと思うけれど、私は即座に拒否はしなかった。


 もしも今この手を握ったらどうなるのだろう。真っ先に来るはずの恐怖が好奇心に追い越される。


 何だか今ならいけそうな気がした。


「じゃあ、失礼します」


 私は雅さんの指先を弱々しい力で掴んでみる。

 夜でも変わらず冷たい体温はゆっくりと私へ染み込んでいった。


「こ、小春様。大丈夫なのですか?」

「雅さんが言ったんですよ」

「申し訳ありません。多少のからかいを含んでいたので…」

「なんか今日の雅さんは意地悪ですね」


 雅さんはもう一度小さな声で謝る。私は口角を上げると掴む指先を数回握った。


「本当に変だなぁ。今は怖いなんて思ってないのに震えるなんて」


 いけると思ったから私は指先を掴んでいる。

 なのに身体は拒否反応を起こすように微動し始めた。


「やはり怖いのではありませんか?」

「怖くないです」

「正直に言ってください」

「嘘じゃないですよ?っていうか怖かったらもっとオーバーな反応しています」

「確かにそうですね……」


 心と身体が別物みたいだ。


 雅さんは眉を下げて私の手を見つめている。そんなところも犬っぽいなと思ってしまった。


「小春様は妖怪が嫌いになった理由は覚えてないのですよね?」

「はい。気付いたら怖く感じてました」

「ご家族は何か言ってましたか?」

「特に何も。逆に私の妖怪嫌いを不思議に思っていたくらいですし……っ」

「小春様?」

「ごめんなさい。ちょっと離します」


 話している途中、急に襲ってくる寒気。私は不意に怖くなって雅さんから手を離した。


 身体の震えは雅さんから離れたことによって次第に収まってくる。


「何なんだろう」

「………」

「雅、さん?」

「身体に異変を感じる時はありますか?」

「異変?震えるのではなく?」

「例えば額が疼くとか無性に引っ掻きたくなるとか。第3の目が覚醒しそうとか」

「いやなんですかそれ!?まさか桜花が見てるアニメの影響…?」

「一応私は真剣なのですが…」


 確かに雅さんは真剣そのものの雰囲気を出している。

 しかしいかにも厨二病のような例えに私は苦笑いするしかなかった。


「そ、そういうのはないですかね〜」

「なるほど」


 一体何を考えているのだろう。私は不安になってくるが、雅さんはすぐに柔らかい微笑みに変わる。


「失礼致しました。今は何もないのなら大丈夫です」

「は、はい」

「ふふっ。それでは寄り道デートの続きをしましょうか。リード、繋いでおきます?」

「いや…もう大丈夫です」

「かしこまりました」


 私と雅さんはゆったりとした速度で歩き出す。もう手は繋いでいない。

 それでも離れることなく近い距離を保っていた。


 辺りは夜になり月明かりが私達を照らす。


「小春様」

「何ですか?」

「月が綺麗ですね」

「ふぇっ!?」

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