第30話 良いお嫁さん

「うっぷ。あたししばらくはサーモンいらないかも…」

「私も食べ過ぎた…でも幸せだった…」


 サーモンパーティが終わった私達の口から胃はサーモンで塗れていた。

 何だか脂が喉に残っている気がする。


 調子に乗ってご飯も沢山食べたからお腹はパンパンだ。


「あ〜家帰るまでに何カロリー消費するかなぁ」

「そこまで消費しなそう」

「雅お姉ちゃんは苦しくないの?」

「腹八分目で抑えていますので」

「流石だねぇ…」


 パーティ後は食後の運動と称して桜花を実家まで送る。

 徒歩で行ける範囲だからちょうど良い運動になるだろう。


「きっとお母さん達も大量のサーモン喜ぶよ〜!雅お姉ちゃん本当にありがとう!」

「いいえ。このサーモンで少しでも元気になってもらえれば良いのですが」

「安心して!今も十分元気だから!」


 桜花は神楽家用のサーモンを抱えて笑う。けれど、私は家族が心配だった。


 雅さんと暮らし始めてからあまり会えてないし、今回の件があってからも声さえ聞けてない。


 この後対面した時にやつれてなければ良いけれど…。


「小春様?大丈夫ですか?」

「あっ、大丈夫ですよ。満腹でボーッとしてました」

「お姉ちゃんはおねむの時間かな〜?」

「そういう桜花も眠そうじゃん。明日学校だけど課題終わってんの?」

「ふふーん」

「おい」


 誤魔化すように鼻歌を奏でる桜花に私はため息をつく。

 対する雅さんは微笑ましそうに笑っていた。


ーーーーーー


「こんなに沢山!?流石は八尾比丘尼ね〜!雅ちゃん家の分はあるの?」

「実家には明日漬けにしたものを持っていく予定です。残ったら塩焼きなどにしてください」

「ありがとう〜!小春、あんたは良いお嫁さん貰ったよ!」


 うん。心配する必要は無かったみたいだ。


 お母さんはいつも通りの大声マシンガントークで騒いでいる。

 久しぶりに雑貨店ではなく実家に帰ってきた私はこの賑やかさに目を細めた。


「せっかくなんだから2人とも上がっていきな!」

「小春様、どうされますか?」

「いや帰る」

「ええ!?何で帰るのお姉ちゃん!あたしまだ雅お姉ちゃんとお話ししたい!」

「そうよ!せっかく帰ってきたんだから上がりなさいよ!」


 お母さんの騒音に桜花も加わればより一層うるさくなる。

 やはり桜花は母親似だ。


「だって今週期末テストあるし。また今度ね」

「何よ、期末テスト今週なの?」

「知らなかった?桜花から聞いてない?」

「………」


 ピタリと止まった桜花の口。数秒後、いつもの鼻歌と共に静かに玄関から去って行った。


「桜花!あんた勉強してんの!?」

「してるしてる〜。今からするし雅お姉ちゃんまたね〜」

「はい。テスト勉強頑張ってくださいね」

「…もうひと声いける?」

「桜花ちゃんなら出来ます」

「マジで頑張っちゃう。お姉ちゃんは許さない」


 そう言っているわりには随分と嬉しそうだぞ妹。雅さんに頭が上がらないのは姉妹同じらしい。


 桜花は弾むような足音で2階にある自分の部屋に戻って行った。


「本当にあの子は。高校初めての期末テストで追試なんて取ったらタダじゃおかないかんね」

「まぁある程度の覚悟はしておいたほうが良いよ」

「小春は大丈夫なの?テスト」

「特に問題ないと思う」

「もしよろしければ、私がお教えしましょうか?」

「えっ?雅さんが?」

「それ良いじゃない!教えてもらいな!」

「いや別にそこまでじゃ…」


 雅さんの提案にお母さんの勢いが乗せられれば私は適当に返事をするしかない。

 そこからは数分間、お母さんのターンだった。


 私との生活の話。そして神楽雑貨店のこと。

 雅さんは嫌がる様子を1ミリも見せずに受け答えをしている。


 私は面倒な義母だろうなと思いながら右から左へと話を流していた。

 しかし途中で気付く。


「お母さん、そろそろ帰る」

「あらそう?じゃあまた今度ゆっくりしていって」

「はい。ありがとうございます」

「こちらこそサーモンありがとうね!お互い大変だけれどここが踏ん張り時だよ!」

「そうですね。自警団も早く正確に調査結果を届けられるよう頑張ります」


 やっぱり私から途切らせないと止まらなかったのだ。

 雅さんからすればお母さんの立ち位置はかなり大きい。


 義母というだけで言えないことは沢山ある。高校生で私はそれを知ってしまった。


「じゃあね!小春も家のことは気にしないでテスト頑張るんだよ!」

「はーい」

「あと雅ちゃんに迷惑かけないようにね!」

「わかってるって。バイバイ」


 もっと早く止めればよかった。


 お母さんの激しい手振りを背に私と雅さんは神楽家から出る。

 すると私達は同時に「ふぅー」っと息を吐いてしまった。


「あっ」

「ふふっ。小春様、ありがとうございます」

「いえいえ。もう少し早く言えれば良かったですよね」

「そんなことありません。ちょうど良いタイミングでしたよ。それにお義母さんと話すのはとても楽しいです」

「正直に言っていいですよ。聞こえませんから」

「……私の母とはだいぶ違うので戸惑う時もあります。それでも楽しいのは事実ですよ」


 お母さん。良いお嫁さんを貰ったと誇れるのはお母さんもだと思うよ。


 私は心の中でサーモンに目を輝かせているであろうお母さんへ語りかける。


「でも元気そうで良かった」

「小春様…」


 心配は無駄だったけど無駄になって安心している。

 元気過ぎるお母さんがしょぼくれた姿を見たら、きっと動揺を隠せなかった。


「あの小春様」

「はい」

「ちょっとだけ寄り道しませんか?」

「寄り道、ですか?」

「はい。夜のデートです」

「デッ…!?」


 もしかして動揺はこのタイミングまで取ってあったのだろうか。

 私は暗くなっていく空の下、“デート”の単語に肩を跳ね上がらせた。

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