第39話 告げられない愛

 迷いもなく答えた本心に小春様はピクリと肩を揺らす。


「でもこれ以上の想いを言うつもりはまだありません。小春様に嫌われたくないですから」

「嫌うだなんて、そんな…」

「次は小春様の気持ちを聞かせてくれますか?」


 どんな回答でも受け入れる覚悟はある。


 怖いと言われたら違う対応を心掛ければ良い。

 勿論、その逆の想いなら嬉しさ極まりないのだが。


「わ、私、は…」


 小春様の手が震えているのがわかる。


 玉藻前の魅了の効果だと仮説を立てていても、余計な想像は止まらない。


 本当は魅了なんか関係なく怖いのではないか。私だから震えるのではないか、と。


 すると小春様は一瞬、荒くなりつつある呼吸を止めてから大きく吐き出す。


「……ねぇ雅さん」

「はい」

「私って呪われているんですか?」

「え?」


 私の心臓が嫌な音を立てる。脳内には以前捕まえた玉藻前の顔が浮かんでいた。


「こ、小春様?呪われているって?」

「だって…だって…」


 小春様の声は次第に弱々しくなり頬には涙が伝う。初めて見る小春様の涙に私は頭が真っ白になった。


「小春様、申し訳ありません。嫌な質問でしたよね?無理させてしまいました。一旦部屋に戻りますか?」

「ち、違っ」


 私は持っていたぬいぐるみを小春様の側に置きながら距離を取ろうとする。

 しかし小春様の手が私の指先を掴んでそれを止めた。


 異常なくらいに震えている指。

 私は自然と握り返そうとするが、逃げるように小春様の指は戻されてしまった。


「小春様」

「ごめん、なさい…」

「怒っていませんよ。それに私はどこにも行きません。不安にさせてしまいましたね」


 ゆっくり。そして優しく。私はこれ以上怖がらせないように小春様へ話しかける。


 対して小春様は涙を乱暴に手で拭うと、痛そうなくらいに自身の両手を握った。


「意味わからない…言いたいのに、言えない…」


 絞り出しながら伝えられた想い。先ほどまでの柔らかい雰囲気とは別物で恐怖の色に染まっている。


「小春、様」


 私が怯んでどうする。辛いのは小春様だ。


「小春様。ここには私しか居ません」

「っ…」

「誰も貴方を責める人は居ませんよ」


 認めたくない。でも目の前の光景は私の仮説を濃くするのには十分だった。


 玉藻前の妖術、魅了。自分だけを見てもらうための洗脳。

 奴の激しい執着心やこれまでの過去から考えれば容易く掛けられる術だ。


「小春様は私が守ります。だから教えてください。私に何を言いたかったんですか?」

「……わからない」

「そう、ですか」

「雅さん…やっぱり私、呪われているんですか?」

「なぜそう思ったのですか?」

「だって勝手に震える……雅さんに言いたかったこともすぐに忘れて怖くなる…。今何かが私を掴んでる…」


 忌々しい。辛い運命を背負って生まれてきたのにまだ苦しませるのか。

 私は怒りでツノが出そうになる。


 でも小春様をよりパニックにさせるわけにはいかない。

 私は一度目を瞑って心を落ち着かせた。


「現時点で呪いというのは断定できません」

「……」

「なので今度お詣りに行きましょう」

「お、お詣り?」

「はい。小春様が夏休みに入ったタイミングで神楽雑貨店の近くにある神社に行くのです。近々祭りもあるので神力は高まっているはず」


 妖怪を客とした商売をする人間の店は大抵神社の近くに建てられる。

 何かあった時に神様が守ってくれるようにだ。


 加護を放っている神社に行けばもしかしたら玉藻前の魅了が軽減するかもしれない。


 私がもっと早く仮説を立てていれば小春様がここまで苦しむことはなかったのに。


「小春様。やれることは全てやってみましょう」

「……信じてくれるんですか?呪いなんて馬鹿げたこと言っているのに」

「私は小春様を疑うことなどありません。信じます」


 小春様は俯いたまま涙を流す。

 私に何を言いたかったのかはわからない。


 でも玉藻前の妖術が大きく発動するくらいなのだから大事なことを言いたかったのだろう。


 今までそんな瞬間は無かった。まさかこんな形で奴の妖術を知ることになるとは。


「ちなみに最近身体がおかしいなんてことはありませんか?」

「無い、です」

「それなら良かったです」


 まだ変異をしていないのが救いだ。


 私は静かに泣く小春様を見つめながら思い出す。小春様が生まれた時に現れた黒い尖りを。


「私が守ります。この身に変えても」


 小春様から返事は無い。それでも先ほどよりは震えが収まっていた。


 何も出来ない自分が悔しい。


 触れられるのであれば力いっぱいに抱きしめて私以外を感じなくさせれるのに。

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