第38話 告げられる愛

 宵楽とお茶をした日から数日後。私は小春様の隣でぬいぐるみ修復の仕上げをしていた。


 1人分の隙間を空けながらソファに座るのもお馴染みだ。


「凄い、直ってる…!」

「もう少しで終わります」


 キラキラした眼差しは手元を緊張させるがそれ以上に可愛くて仕方ない。


 仕事のことも忘れてしまうくらいにゆったりとした時間を過ごしていた。


「……はい。これでほつれていた部分は直ったかと。確認お願いします」

「ありがとうございます!」


 小春様にうさぎのぬいぐるみを手渡すと嬉しそうに受け取ってくれる。

 その様子が子供みたいで私は口角を上げてしまった。


「雅さんバッチリです!本当にありがとうございます!」

「そこまでボロボロになっていたわけでもないですし、気にしないでください。この子を触っていて小春様が大切にしてきたのがわかりました」


 元に戻ったうさぎの姿に小春様は大喜びだ。私はそんな小春様が愛おしくて胸が締めつけられる。


 別にぬいぐるみが好きなのであれば全部この家に持ってきても構わない。


 でも小春様はそれが子供っぽいと思っているようで、この子しか連れてこないのだ。


 きっと桜花ちゃんが持って来なかったら神楽家に置きっぱなしだっただろう。


「その子とはいつからの付き合いなのですか?」

「えっと、4歳くらいの時ですかね」

「4歳…」


 その歳はもう既に幼稚園に入っている頃。以前、宵楽に話した仮説が頭を過ぎる。

 しかし小春様に心配をかけたくなくて私は冷静を保った。


「そうなると長い付き合いですね。これからも大切にしてあげてください」

「はい。雅さんが直してくれたから尚更です」


 小春様はそう言いながら笑うとギュッとぬいぐるみを抱きしめる。

 微笑ましい光景だ。


 最近覚えたスマホのカメラ機能で撮影したら怖がられてしまうだろうか。


「雅さんに洗濯も修復もしてもらったから安心して抱きしめられます。もふもふだ〜」

「ふふっ」


 私はぬいぐるみという物を貰ったことがない。それでも抱きしめた時の安心感は知っている。


 だから別に小春様は悪くないのだ。

 そしてこのうさぎも悪くない。


「せっかくだし飾らないで今日からまた一緒に寝ようかな」

「…ふふっ」


 羨ましい。小春様に優しい眼差しで見つめられているそのうさぎが。


「………」

「み、雅さん?どうしました?」

「いえ。気にせずどうぞ」

「何か見落とした部分とかありました?」

「いいえ。小春様がうさぎさんに構っているのが微笑ましくて」


 自分でもおかしいなと思っている。それでも次第にうさぎのぬいぐるみへと嫉妬を向けていた。


「じゃ、じゃあ雅さんも……もふもふします?」

「え?」

「もふもふどうぞ」


 すると小春様は何を思ったのか修復したぬいぐるみを私に返してくる。


 反射的に受け取った私は両手よりも少し大きいうさぎをもふもふし始めた。


「どうですか?」


 何となく自分が負ける理由がわかった。この子にはとてつもなく大きな安心感がある。


 余計なことをせず、嬉しい時も辛い時も身体をもふもふにさせて小春様を見守るのだ。

 おせっかいばかり焼く私とは違って。


「っ……負けました」

「雅さん!?」


 私は悔しそうな声を出しながら手を動かしてもふもふする。


「縫っている間も微かに思っていたんです。この子には相手を虜にする力があると」

「そんな大袈裟な」

「小春様がこの子を愛する理由を身をもって学びました。鬼族の私には無いもふもふと愛嬌。悔しいけど完敗です」

「何と戦っていたんですか?」


 一度触れてしまったら逃げられない肌触り。私の手は止まることを忘れたように動く。


「あまりこのような物を手にしたことが無くて。…ダメですね。止まらないです」

「雅さんの気が済むまでどうぞ。この子も私達の家族同然なんですから」

「家族……」


 “家族”の単語に指が止まる。小春様からそのような言葉を聞けるとは思わなかった。


 私はうさぎのぬいぐるみを膝の上に座らせて頭を撫でる。

 この子は私と小春様の家族。


 そう認識すれば先ほどまでの嫉妬心は消え、愛おしく思えた。


「小春様。話が変わることをお許しください」

「大丈夫ですよ」

「………小春様は私のことをどう思っていますか?」

「え?」


 急な質問に小春様は目を丸くして固まる。

 すぐに答えられるものではないし、明確な回答を出すのも難しいだろう。


「………」


 小春様は迷ったように黙り込む。私もずっと待つつもりで静かに口を閉じていた。


「ぎゃ、逆に雅さんはどう思っているんですか?」

「それは私が小春様を?」


 隣を向いて首を傾げると小春様は頷く。

 視線は既に私ではなく自分の膝に向けられていて顔は見えない。


 父さん相手だったら「質問を質問で返すな」と注意されそうだが、私は微笑んで俯く小春様を見つめた。


「私はずっとお側に居たいと思えるくらい惚れていますよ」

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