6章 伝えられない想いと事実

《仕事着は巫女服のようなもの》雅視点

第37話 狙われているのは

 梅雨明けも見えてきて天気の良い今日。私は実家の縁側に宵楽を呼び出してお茶をしていた。


「あー仕事戻りたくねぇ」

「馬鹿なこと言わないの」


 お茶と言っても単なる休憩時間だ。

 他の妖怪達は自警団の仕事を慌ただしく行っている。


 そんな休憩時間を使って私は小春様のうさぎのぬいぐるみを修復していた。

 耳のほつれ部分を丁寧に縫いながら口を動かす。


「玉藻前の件についてはあまり進展が無いみたいね」

「なのに集団暴行事件は続いている。ったく、本当に面倒くせー」


 宵楽は和菓子を口に放り込んで苛立つように噛み締める。


「そういえば桜花ちゃんとは上手くやれているの?」

「我はただの護衛だ。あんなクソガキと親密にやってられっか」

「クソガキって…」


 少しは仲良くなれると思ったのにどうやら難しいようだ。


 でも私はそれ以上の話がしたくて宵楽を呼び出した。

 一度周りを見渡して妖怪が誰も居ないことを確認する。


「ねぇ宵楽。突然だけど幼馴染として夢見がちな仮説を聞いてくれるかしら」

「構わないぜ」


 宵楽も私からの雰囲気で何かを感じ取っていたらしい。特に怪しむことなく素直に聞き入れようとしてくれた。


 私は耳の修復が終わったぬいぐるみを膝の上に置く。


「これを見て」


 そして畳んで懐に入れていた紙を宵楽に渡した。


「あのクソガキが見せた絵じゃねぇか。確か雅の嫁さんが描いたんだろ?何でお前が持ってんだよ」

「桜花ちゃんがくれたのよ。貴方はこれを見て何か思わない?」

「はぁ?」


 宵楽に手渡したのは小春様が幼少期に描いたとされる謎の絵。

 最初は不気味な絵としか思わなかったがずっと見ているうちにあることに気付いた。


「我からすれば焦げた獣人にしか見えねぇよ。雅にはどう見えてんだ?」

「玉藻前よ」

「……は?」

「だから玉藻前よ。桜花ちゃんが宵楽は獣人のように見えると言っていたって教えてくれたの。それがヒントになったわ」

「いやいや。これのどこが玉藻前だよ。確かに奴は他の九尾とは違って人間に近い姿だ。だからと言ってこんな黒塗りが…」

「ここで仮説を話したいの」


 私は宵楽が広げる画用紙に目を向けながら膝の上のぬいぐるみを撫でる。


 ふとした時に怒りのようなものが湧いてくるので、このもふもふ感は安心させてくれた。


「貴方は知っているでしょう?小春様の秘密」

「まぁな」

「アレは貴重な存在であってとてつもない力を持っているわ。だから玉藻前は小春様を狙っているかもしれない」

「待て待て!話が吹っ飛び過ぎだ!我は雅のように頭が冴えていない!そもそも何で絵を見てそんな仮説に繋がる!?」

「……小春様がこの絵を描いていたのは幼稚園児の時。ただ無心で同じような絵を大量生産していたらしいわ」


 宵楽は眉間に皺を寄せる。私だってまだ混乱しているし説得力の無い仮説だ。

 だからこそ宵楽に聞いて欲しかった。


 難しい話をしてごめん。そう思いながら続ける。


「そして小春様が妖怪を極端に怖がるようになったのもその辺らしいの。お義母さんが教えてくれた。妖怪嫌いになったキッカケはわからないけど、幼稚園児の頃から始まったって」

「そ、それで?」

「玉藻前の妖術はわかる?」

「九尾だから幻や魅了だよな。でも玉藻前は九尾の中でもエリート部類。妖術のレベルも高い」


 その通りだ。普通の九尾だったらこの仮説には辿り着かなかった。


 玉藻前だから出来ること。そして玉藻前だからやってしまうこと。


「玉藻前は小春様の力が欲しくて妖術を使った。自分以外の妖怪に恐怖を抱くようにして自分だけを見てもらえるような妖術を」

「マジ、かよ…」

「そんな魅了を掛けられた小春様は訳もわからず玉藻前の絵を描いた。ずっと奴の存在が頭の中に浮かんでいたから。構ってもらえない桜花ちゃんが絵を破れば暴れてしまうくらいに」


 宵楽の顔色が真っ青になる。私も手が震えて外道な妖術の使い方に恐怖を感じた。


「……あくまで夢見がちな仮説よ」


 私は落ち着くために小春様のぬいぐるみを胸に持ってくる。

 微かにする小春様の香り。


 もしこの仮説が正しければ今も玉藻前の妖術が掛かっている状態だ。


「強引過ぎる…。でも理にかなった仮説だ」

「ええ」

「我は玉藻前の性格をよく知らない。でも奴がこれまでしてきたことを考えれば、嫁さんが狙われるのもおかしくはないな」


 宵楽は額に手を当てて深呼吸する。そして先ほどよりも小さな声で私に問いかけた。


「……嫁さん。年齢的にそろそろ変異するだろ」

「そうね」

「雅の仮説が正しいのであれば玉藻前はそれを待っているのか?」

「わからないわ。でも小春様を攫うのではなく妖術を掛けただけで終わったのならそういうことなのかもしれない」

「……幼馴染からの助言だ」

「何かしら」

「この仮説は誰にも話すな。嫁さんを守りたいなら」


 宵楽は腰を上げると背中から黒い翼を出す。私は座りながら彼女を見上げた。


「桜花のことは我が守る。だから小春様のことは雅が守れ。奴に渡せばおもちゃにされるぞ」


 それだけ言うと宵楽は飛び立ってしまう。私は隣を見れば黒く不気味な絵が転がっていた。


「渡さないわよ。誰にも」


 私はうさぎのぬいぐるみを抱きしめながら目を瞑る。そして小春様が生まれた時に決意したあの熱を思い出していた。

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