3章 相合傘と離れ離れ

《妹に連れ回されるのが日常》小春視点

第14話 鬼嫁さんへの違和感

「なんか最近、雅さん疲れているみたいなんだよね」

「それお姉ちゃんの対応に疲れたんじゃない?」


 とある休日のファストフード店。


 向かい側に座る桜花はハンバーガーを頬張りながら冷静にツッコんだ。

 その返答に私は固まってしまう。


「嘘違う違う。冗談だって。怖いから避けているよりは全然良いじゃん」

「でも私、しつこいかもしれない」

「あたしは2人の生活見てないからわからないけど、雅お姉ちゃんは優しいからそんなこと思わないはずだよ」

「優しいから言わないだけで…」

「あ〜面倒臭い。素直に受け取らないのはしつこいかも〜」


 容赦ない桜花の追撃に私はトレーの上にナゲットを落としてしまう。

 そんなナゲットを向かい側から取った桜花はケラケラ笑いながら私の口に押し込んだ。


「でも雅お姉ちゃんが疲れたって言ったわけじゃないんでしょ?」

「まぁね」

「お姉ちゃんから見てどんな感じで疲れてるの?」

「うーん…」


 私は最近の雅さんを思い返す。


 なんかいつもと違うなと感じたのは質疑応答会の数日後だ。

 でも顔色が悪いとか食欲が無いとかそういうものではない。


 相変わらず見送り握手チャレンジは続けているし、時々タイミングを見計らって私のことを聞いてくる。


「雰囲気が疲れてる?」

「何それ」


 結局詳しく表せなかった私は便利な単語を使って桜花に教える。

 しかし桜花は呆れたような顔してセットのポテトに手を伸ばした。


「そういう時こそお姉ちゃんから聞けば良いじゃん。雅さん、疲れてますか?って」

「それ言って雅さんが素直に疲れてるって言うと思う?」

「……言わないなぁ」


 私は桜花のポテトを2本ほど奪って食べる。桜花は一緒に食べようと言わんばかりにポテトの取り口をこちらに向けてくれた。


「ふふーん。お姉ちゃんも雅お姉ちゃんのことわかってくるようになったじゃん」

「そ、そう?」

「もうちょっとでお姉ちゃんが実家追放されて2ヶ月かぁ〜」

「言い方」

「雅お姉ちゃんとの同棲って言った方が良い?」

「………」


 未だに同棲の表現には慣れない。だから私は一緒に住んでいると言い方を変えていた。

 言う相手はほとんど居ないけど。


「とっ、とにかく。雅さんが疲れている時ってどうしたら良いと思う?」

「さぁ?」

「もう少し考えてよ…」

「それくらい自分で考えなよ。疲れを取る方法なんていくらでもあるじゃん」

「私だってちゃんと考えたし」


 もし精神的に疲れているというなら話し相手にでもなれば良いのではと考えた。

 でも私と話す時の雅さんは結構気を遣っている。結果、より疲れてしまう。


 逆に肉体的に疲れているのならマッサージをと考えた。

 でも私は肩に触れるどころか手のひらさえも十分に触れられない。結果、ビビって終わり。


「うわ面倒」


 それを聞いた桜花は鋭い一撃を私に喰らわせた。


「仕方ないじゃん!」

「そうだね〜。じゃあお姉ちゃんの代わりにあたしが雅お姉ちゃんを癒してあげようかな〜」

「それはダメ」

「何で?」

「……わからないけどダメなものはダメ」


 前もそうだったけれど桜花に雅さんの何かを取られると思うとモヤモヤする。


 姉妹だから対抗心があるのだろうか。私達が競い合うことなんて滅多にないのだけど。


「はぁ。良いなぁお姉ちゃんは」

「何で?」

「別に〜」


 ハンバーガーを食べ終えた桜花は包み紙をグシャグシャと握り潰してトレーの上に捨てる。

 謎に背筋が凍った気がした。


「あーあ。雅お姉ちゃんに会いたいな」

「……来る気?」

「会いたいなぁ」


 チラッチラッと私の顔色を窺う桜花。いつも急に決めるから雅さんも大変じゃないかと思ってしまう。

 ビビリで妖怪嫌いな姉に加え、破天荒で甘えん坊な妹の相手をするのは。


「あっ」


 すると桜花が横を向いて小さく声を出す。私も釣られて見てみると窓には水滴が付いていた。


「もう梅雨か〜。最悪」

「桜花、傘持ってきた?」

「ううん。天気見てないし。お姉ちゃんは?」

「20%だから良いかなって…」


 いつも雅さんが朝に今日の天気を教えてくれるので雨の予報は知っていた。


 でも大丈夫だろうと思って何も持って来なかったけど、折りたたみ傘くらい用意すれば良かったな。


「えっ嘘。これから強くなるらしい」

「マジか」


 桜花はスマホの天気アプリを見て大袈裟なくらい嫌そうな顔をする。そういえばこの子極端に雨が嫌いだった。


 そんな時、私のスマホに1件のメッセージが届く。どこかで見ているのかと思うほどタイミングが良すぎだ。


「雅さんからメッセージきた」

「えっ!?なになに?何てきたの!」

「落ち着いてよ。えっとね……今どこに居ますか。雨が降っているのでお迎えにあがりますだってさ」

「やったぁ!雅お姉ちゃんに会える!」

「た、頼むの?」

「頼まないの?」


 桜花は雅さんをここへ呼び出すつもりだけど私は気が乗らない。

 雅さんだってせっかくの休日だ。最悪、私が近くのコンビニまで走って傘を購入すれば…


「ちょっ桜花!」

「貸して!」


 すると桜花は私の手からスマホを抜き取る。そして勝手に画面を操作したと思えばすぐに私へ返してきた。


「これはチャンスなんだよお姉ちゃん」


 私は返された自分のスマホの画面を眺める。雅さんのメッセージの下。

 桜花が勝手に送ってしまった返信にため息を吐くしかなかった。


【雅お姉ちゃんお願いします!傘は2本で!場所は駅前のハンバーガー屋さんだよ〜!】


 きっと雅さんもこのメッセージで色々と察したはずだ。

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