《魔性の女属性》雅視点

第13話 私を惑わす不思議な人

「小春様の好きな教科は国語で苦手なのは数学。好きな食べ物はお刺身。特にサーモン。生姜醤油で食べるのが好み……」


 夜の11時30分。小春様はもうベッドに入っている時間だ。

 私もそろそろ寝る準備をと思っているのだが部屋のテーブルから離れられない。


「今度、漁業を営む八尾比丘尼の誰かに特大のサーモンを頼んでみようかしら」


 私はノートに書いた小春様の情報をひたすら眺めて近い将来への計画を練る。

 本当に幸せな時間だ。


 小春様が考えてくれた質疑応答会は大成功と言えるだろう。


「ふふっ」


 私は微笑みながらとあるページに指を伝わせる。それは小春様の好きな女性のタイプが書かれたページだった。


 小春様は気付いているだろうか。2択で絞った選択肢の片方は私に当てはまるものだということを。


「自分で綺麗系って言うのは中々恥ずかしかったわね…」


 まぁ他の妖怪達には綺麗だと言われることが多いから恥ずかしさには目を瞑っておこう。


「髪の毛は長め、外見は綺麗系、内面は大人しい性格。そして小春様はリードされたい派」


 1つ1つの質問を愛おしむように人差し指で撫でる。

 

 ほとんど私に当てはまるものを選んでくれたことに嬉しくて堪らなかった。

 実質、これは私がタイプだと思って良いのだろうか。


 それでも鬼という種族が小春様の好みを邪魔するのだけど。


「……本当に不思議な人」


 妖怪が嫌いなのに私からの好意には顔を真っ赤にしてしまうところ。

 今まで私が優位に立っていたのにいつの間にか小春様が私をドキドキさせているところ。


 桜花ちゃんと1歳しか違わないのに私に初めての感情を与えてくれる。


「好き、なのかしら」


 正直その想いを確定することは出来ない。だって小春様にドキドキし始めたのは最近だから。


 先ほど、私からの好意を伝えたが思い返せば単純に褒めているとも受け取れる。

 好きよりも感心が強いようなよくわからない感覚だ。


「ん?」


 すると私のスマホから音楽が鳴りだす。慌てて取って耳に当てると父さんの声が聞こえた。


「雅、すまない。寝ていたか?」

「ううん。起きていたわ」

「ちょっと面倒なことが起こってな。情報を回すのは早い方が良いと思ったんだ」


 父さんの口調や内容からして仕事のことだろう。


 それにしても相変わらずスマホには慣れない。短い音が1度鳴っただけで肩を上がらせてしまう。


 私は小春様の迷惑にならないように部屋を出てリビングへと向かった。


「面倒なことって?」

「もう片付いたのだが、また妖怪が暴れる事件が発生したんだ」

「その様子だと単に暴れたわけではなさそうね」

「ああ。現場は山奥で九尾達が集団で暮らす村だ。何でも村で暮らす九尾達全員が一斉に暴れ出したらしい。俺は終盤で到着したからまだわからないことだらけだけどな」

「九尾が…」

「多少の犠牲はあったと伝えておこう」


 私はリビングのソファに座って父さんの話を聞く。

 小春様と座っていた時とは違い、冷たく固く感じた。


「この前も似たような事件があった。それは別の妖怪で今回より人数は少なかったがな」

「他の場所でも妖怪達が集団で暴れる事件が多発していると聞いたわ」

「ああ。それで、まだ決まったわけじゃないが近々雅に頼むことがあるかもしれない」

「何?」

「事件が多発している地方に行って現場の調査だ」

「まさか出張って名目?」

「……すまない」


 スマホから父さんの申し訳なさそうな声が聞こえる。咄嗟に浮かんだのは小春様の顔だった。


「雅にも小春様にも申し訳ないと思っている。まだ一緒に暮らし始めたばかりなのに」

「……」

「み、雅?一応言っておくがまだ確定したわけではないぞ?」

「……ええ。ちなみに地方への現場調査は何日くらい掛かるのかしら?」

「早く手掛かりを見つければ早く帰って来れる」

「………」

「怒っているのか?」

「今、やっと風向きが良くなっているのよ」


 何だか苛立ってきた。わざわざ私を選ぶ理由はあるのか?

 状況によっては1週間以上帰れない可能性もある。


 もしその1週間で小春様の決意が消えたらどうしよう。

 遅く帰った私を見た瞬間に泣き出してしまったら……。


「雅、落ち着いてくれ!!あくまでこのまま悪い状況が続いた時の場合だ!もし明日から始まる九尾の村の調査で何か見つかればその話は無かったことになる!」

「……」

「だから頼む!怒らないでくれ!でないと父さんは……パパは……」


 突然弱気になる父さんの声に私は「ゔっ」と声が出る。流石に父親のガチ泣きをスマホで聞くのはキツい。


 普段は威厳のある鬼なのに私の機嫌が悪くなるとこうなってしまうのは面倒すぎるギャップだった。


「わかったわ。怒らない。怒らないから泣くのやめてよ」

「雅…」


 口ではそう言っても苛立ちが消えることは無い。徐々に出てくる自分のツノを押し込みながら私はため息をついた。


「でも本当に今は私達にとって大事な時期なの。出来れば他の妖怪に任せて欲しいわ」

「雅のようなエリートの手が空いてたらな…」

「娘を過大評価しないで。私は1日でもここを離れたくないの」

「その気持ちはわかる。パパだってママと離れたくない…」

「2人は十分一緒に居るでしょ!?だったらそっちが出張行ってよ!」


 ダメだ。ツノが全然戻らない。おまけに手の爪も鋭く伸びてきた。


「良い?私は小春様から離れたくないの。だからと言って出張には連れて行けない。わかる?」

「わかる」

「娘のことを思うならお願いだから他を当たって。出張以外ならやるから」

「……雅」

「何よ」

「だいぶ小春様を気に入っているんだな」


 父さんの言葉に私の顔は熱くなる。こうなってしまうのは本当に感心だけの問題なのだろうか。

 私は唇を強く結んだ後深呼吸をする。


「ええ、好きよ。悪い?」

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