第12話 好き好き攻撃
雅さんは私の動揺を気にせずに次の好意を口に出す。
「桜花ちゃんと話している小春様も好きです。姉のような一面は桜花ちゃんの前だけにしか現れませんから」
もう戸惑いや恐怖は無かった。
「食事をする時の綺麗な食べ方も好きです。でも何より美味しいと表情に出してくれるところが微笑ましいですね」
時々、好意ではなく感心のような言葉も出てくるけど今の私には関係ない。
ここまで熱く真剣に褒められることがないため短い返事をするので精一杯だった。
「小春様がもふもふの毛布に包まって寝ている姿も可愛らしくて好きです。朝起こすのが可哀想になってしまいます」
「うぅ…」
「ふふっ。桜花ちゃんがよく言う神楽家名物小春唸りも好きですよ」
もう止まって欲しかった。でも私は恥ずかしさで唸ることしか出来ない。
しかし止めなければ雅さんは伝え続けるだろう。
っていうかそんなに好きと言えるものが浮かぶのは凄すぎる。
私なんて頑張っても好意は見つからないのに。
「あとはそうですね。ご家族想いなところでしょうか。今年のバレンタインデーに失敗したクッキーを隠しながら、成功したものだけを厳選して渡すのは聞いていて心が温かくなりました」
「ちょっとストップです!!」
「はい」
「今年のバレンタインデーの時ってまだ一緒に過ごしてませんよね…!?」
「ええ。その1ヶ月後くらいに同棲の話が出て、更に1ヶ月後に同棲がスタートしたので」
「じゃあ何でそのエピソード知っているんですか!?」
私は立ち上がって思わず後退りしそうになる。
けれど寸前のところで留まって雅さんを傷つけてしまうのを回避した。
しかしその話はスルー出来ない。
だってバレンタインデーの話は家族しか知らないし、ましてや失敗作の存在は私しか知らないはずだ。
「同棲を始めた数週間後に神楽家に顔を出したんです。近況報告と言いますか。その際にお義母様が教えてくださいました」
「えっじゃあお母さん、厳選したのも知って…」
「妙にキッチンが焦げ臭かったのと、後日小春様の机の上に焦げの多いクッキーが入った袋が見つかったらしいです」
淡々と話す雅さんとは反対に私は湯気を出しながらしゃがみ込む。
「こ、小春様。大丈夫ですか?」
「恥ずか死ぬ…」
あの時ドヤ顔で家族にクッキーを渡した姿が思い浮かぶ。みんな口を揃えて美味しいと言ってくれて調子に乗った姿も思い出す。
お母さんのことだから桜花以外には焦げクッキーの存在を広めているだろう。
そして何より恥ずかしいのはそれを雅さんに知られたことだ。
お母さんはきっとそれ以外にも余計なことを言っている。
「後で電話で怒鳴りつけてやる……」
「そんなに恥ずかしいことでしょうか?」
「逆に雅さんは恥ずかしくないんですか!?」
「もっと恥ずかしいことは沢山ありますから」
雅さんの恥ずかしいエピソードって何だろう。私は一瞬固まるがすぐに戻って羞恥に耐える。
雅さんからの全面の好意に恥ずか死ぬバレンタイン。質疑応答会はどこへ行った?
「照れる様子も可愛くて好きです」
「まだ続くんですか…?」
「小春様は嫌ですか?妖怪である私に好意を向けられるのは」
その質問はズルいと思う。絶対反応である程度はわかっているはずだ。
私はしゃがんだ姿勢で膝に顔をつける。これは怖いから雅さんの顔を避けるための行動ではない。
包み込むような優しい視線に少しでも抵抗するためだった。
「そんなに嫌ではない、かもです」
「ふふっ。嬉しいです」
頭上からは本当に嬉しそうな声が聞こえる。
何で完璧な愛を返せないのにそんなに喜ぶのだろう。何で今まで避けてばかりで傷つけていた相手をこんなに好きと言えるのだろう。
雅さんの中の基準が想像出来ない。
「うぅ〜」
「またお義母様には小春様のことを聞きたいですね」
「だ、ダメです!必ず余計な情報まで付いてくるので!」
「小春様の情報に余計などありませんよ?」
「それでもダメなんです!」
もうこれ以上恥ずか死ぬエピソードを言われたら私は雅さんの顔を一生見れない。
まぁ今でも見れてないのだが。
「わかりました。小春様がそこまで言うなら聞きません。それでは質疑応答会を続けましょうか。次は小春様の番ですよ」
「も、もう全面好意は終わりますか?」
「小春様が求めてくださるのならその状態をデフォルトにしましょうか?」
「結構です!!」
私は激しく首を横に振って拒否する。傷つくかなと思ってしまったけど、雅さんは小さく笑っていた。
疲れたように立ち上がった私は自分の質問リストを眺めながらソファに座る。
「雅さん」
「はい」
「エピソードもそうですけど、他の質問もお母さん達や桜花に聞かないでください」
「それはなぜ?」
「……質問出来る相手がここに居ますので」
きっと今までは私に聞けなかったから他のみんなに聞いていたのだろう。
だから要らないことまで聞かされてしまったのだ。
「これからは答えられるものは答えます。だからその、質疑応答会じゃなくても聞いてください」
私からこう言わないと雅さんはどうして良いかわからないはず。
しかし隣に居る雅さんから返事がない。
私は不安になって横目で確認すると、嬉しさを噛み締めるように顔をノートで隠す許嫁がいた。
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