第15話 義妹は見たし触った

「やっぱり桜花ちゃんと居たんですね」

「すみません、わざわざ……」

「いいえ。2人が雨に濡れてしまうのは私も辛いので」


 待ち合わせ場所のファストフード店前。

 1本の傘を手に持ち、もう1本は自分で差している雅さんがやってきた。


 当たり前だけれどもツノも長い爪も隠している。どこからどう見ても妖怪とは思えないだろう。


「雅お姉ちゃん!」

「桜花ちゃん、こんにちは」


 雅さんが来るなり桜花は飛び出して抱きつく。もう対応に慣れているのか戸惑うことなく雅さんは受け止めていた。


「2人の用事は終わったのですか?」

「うん!この前、雑貨店のお手伝いで収入が入ったから推し活をしてたの!」

「おし、かつ?」

「桜花はアニメが好きでそのグッズを買っていたんです」

「なるほど。だからそんなに大荷物が」


 桜花が持っているレジ袋の中には大量のアニメグッズが入っている。

 私は日常的に使えないものに大金を注ぎ込む気持ちがよくわからない。


 でもそれを言うと「運営さんへの寄付も込みだから」と熱く語り出してしまうのだ。

 それ以降は何も言わないようにしている。


「小春様は何か買ったのですか?」

「私は連れ回されただけです」

「ふふっ。そうでしたか」

「ねぇ雅お姉ちゃ〜ん。あたし雅お姉ちゃんの傘入る〜!」

「ええ、構いませんよ」


 完全に甘えモードに入った桜花は狙ったように雅さんの隣を確保する。

 きっと傘2本の指定はこれのためだろう。


「お姉ちゃんはそっちの傘使って」

「はいはい」


 どちらにせよ私は1本の傘の中に雅さんとは入れない。

 それは雅さんも桜花も知っているはずだ。


 素直に雅さんから受け取った私は1人で1本の傘を使うことにする。


「では神楽雑貨店に行きましょうか。桜花ちゃんを送るついでにお義母様達にも挨拶したいです」

「うん!それじゃあ行こっか!」

「桜花ちゃん、それ持ちますよ」


 すると雅さんは歩き出す前に桜花の片手からアニメグッズの袋を取り上げる。

 その自然な流れは観客のように見ている私でもかっこいいと思った。


「雅お姉ちゃん、好き……」

「ふふっ。ありがとうございます」


 目がハートになっている桜花。もう雅さんに堕ちている。

 妹が堕ちる姿を見るのはキツいなと思いながら私は傘を開くと雅さんはこちらを見た。


「行きましょうか」

「はい」


 私は頷いて2人の後ろを着いていくように歩き出す。

 桜花はあたかも恋人のように雅さんとくっ付き嬉しそうなオーラを出していた。


ーーーーーー


「これが桜花ちゃんのお気に入りの人ですか」

「そう!なんか雅お姉ちゃんに似ていない?」

「私はそんなにかっこよくありませんよ」

「雅お姉ちゃんはかっこいいもん!それに優しくて包容力があって、スタイルも抜群だし!」

「照れますね」


 私は何を見せられているのだろう。前を歩く2人の会話に小さくため息をつく。


 桜花は雅さんに好きなアニメキャラクターを教えているようで、私と居た時よりも興奮していた。


 雅さんは雅さんで嫌な顔せず聞いているから余計に舞い上がっているのかもしれない。


「雅お姉ちゃんってどうやってスタイル維持しているの?」

「特に何もしていませんよ」

「あーその答えズルい!何もしていなかったら雅お姉ちゃん腹筋なんて割れないじゃん!」


 え?雅さんって腹筋割れているの?そもそもなぜそれを桜花が知っているの?


「本当にトレーニングとかはしていないんです。仕事で鍛えられていると言いますか」

「まぁ結構ハードだもんね…。でも羨ましいな〜スタイル良くて」

「桜花ちゃんだって別に太っているわけではないじゃないですか」

「太っているとスタイルが良いはまた別なの!ねぇお姉ちゃん!」

「えっ?ああ、うん」


 突然桜花が振り向いて私に話しかけてくるから思わず頷く。

 でも何となく桜花が言いたいことはわかったから訂正もしなかった。


「お姉ちゃんって雅お姉ちゃんの腹筋見たことある?」

「いや無いけど」

「凄いんだよ!バキバキじゃなくてスラっバキっな腹筋なの!」

「どういうこと?」


 桜花の例えがわからなくて私は首を傾げた。雅さんも同じようで苦笑いしている。


 桜花は想像が出来ない私を見てニヤッと笑うと足を止めた。


「今度お風呂入る前に見せてもらいなよ〜。かっこいいよ〜」

「なっ…!」


 私はその言葉に頭が真っ白になる。それでも瞬時に我を取り戻した私は傘を握りしめて、雨の中桜花を叱った。


「へ、変なこと言わないの!」

「別に変なことじゃないじゃん。腹筋くらい」

「そうだけど!そうなんだけど!」

「何〜?まさかお姉ちゃん、雅お姉ちゃんの腹筋以外のところを考えてたのかな〜?」

「桜花!!」


 強く名前を呼べば怖がるフリをした桜花が雅さんへ抱きつく。

 私は恥ずかしくて傘で自分を隠した。


 しかし前方に居る2人の足は数秒経っても動かない。何だろうと思い少し傘を動かすと、ちょうど桜花が私の傘に入ってくる。


「お姉ちゃん交代」

「こ、交代?」

「うん。ほらそっち入って」


 桜花は私から傘を奪い取ると背中をドンっと押す。その先には隣が空いた雅さんが居るわけで……。


「あたし空気読めるからここらで退散しまーす!お母さん達に挨拶とかいいから、2人も家に帰っちゃって!傘は学校の日に返す!」

「桜花!?」

「仲良くね〜!」


 いつの間にかグッズの袋を片手に持っていた桜花。私が戸惑っている間に追い越してそのまま実家の方へと帰ってしまった。


 私はこの状況を理解しようと震える頭で隣を見る。


「み、雅さん…?」


 私の視線の先にいる雅さんは、耳を真っ赤に染めながら何かに耐えるように唇を強く結んでいた。

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