第24話 寝落ち通話(1)
「申し訳ありません、小春様。明日で帰れないようです」
「そうですか…」
山奥での調査がひと通り終わった日の夜。
私は書類で立てかけたスマホに向かって深々と頭を下げた。
そうすれば小春様は慌てたように手を横に振る。
「雅さんのせいじゃないですから!家の方は大丈夫です!お掃除ロボットのルンさんが毎日綺麗にしてくれますし、雅さんの作り置きは美味しいまま減らないし!」
「それなら良いのですが…。本当に帰るのが未定になってしまいましたね」
私は疲れたように息を吐いて額を押さえる。ツノは出てないけど気を抜いたら先端を覗かせそうだった。
「なるべく早く帰れるよう努めます。私も長い間ここで過ごすのは苦になってしまいますので」
「あ、あまり治安良くないんですか?そっちは」
「そういうわけではないのですが……」
小春様と居る方が気が楽だと言ってしまったら怖いと思われるだろうか。
でも今日の朝起きて自覚したが、1人で寝泊まりしていると警戒心がより強くなっているらしい。
常に肩に力が入っているような感じだ。
「……そっちとは違ってここは田舎なので少し不便なだけです」
「あーなるほど。田舎あるあるですね」
「はい。けれど空気は澄んでいてとても静かなので悪いことばかりではありません」
実際、小春様の顔を見たら少しだけリラックス状態になった気がする。
画面越しでも小春様の声と姿は私の疲れを癒してくれた。
あの時、小春様がビデオ通話を提案してなかったら疲れと寂しさでぐったりしていたと思う。
すると画面に映る小春様は私を見ながら小さく首を傾げた。
「雅さん、眠いですか?」
「そんなことありませんよ。まだ9時にもなってませんし」
「何となく声が眠そうな感じがします」
「そうでしょうか…?」
私は顎に手を当てて自分の声を振り返る。でもポワポワしているわけでもない。
口調も滑舌もいつも通りだ。
でも小春様からすれば眠そうに聞こえるのだろう。
「ご心配なく。まだ眠気は来ていないのでちゃんと話せますよ」
「うーん……」
「ふふっ。そういえば今日は変わったことはありましたか?月曜日なので学校は大変だったと思いますが」
「あの、雅さん。そのままスマホ持ってベッド行けますか?」
「えっ?」
「ビデオ通話を繋いだままベッドにです」
「なぜ急にそのようなことを?」
「えっと……ね、寝落ち通話ってのをやってみません?」
初めて聞く単語だ。寝落ち通話、流行っているのだろうか。
私は素直に小春様の指示に従う。立て掛けていたスマホを持ってすぐ側にあるベッドへ腰を下ろした。
「こうでしょうか?」
「寝転がることって…」
「寝ながらするのですか…!?」
通話というのは座るか立つかでやるものだと思っていた。
でもこれが流行りであって小春様がやりたいことなのであればやってみせよう。
私はスマホを枕の横に置いてベッドに入り込む。硬く質素なビジネスホテルのベッド。
警戒心が強くなる理由のうちの1つかもしれない。
「この後はどうすれば良いのでしょう?」
「好きなようにして大丈夫ですよ。スマホは持ってても枕元に置いてても良いですし」
「寝落ち通話とは何の効果があるのですか?」
「効果は……好きなタイミングで寝れる?」
もしかして小春様もあまり知らないのだろうか。
「と、とにかく。試しにやってみましょう?こんなこと出来るのは出張の時だけですし」
「そうですね。寝ながら通話をするなんて初めてです。小春様は寝落ち通話の経験はあるのですか?」
「……通話する相手が居なくて」
「失礼致しました。別に通話は私生活で必要不可欠というわけではありません。でももし通話相手が欲しいのであれば私がいつでも相手になります」
「ありがとうございます……」
また墓穴を掘ってしまった。そういえば昨日の通話で友人が居ないような匂わせをしていたのだった。
小春様が私のことをあまり知らないのは重々承知している。
しかしそれは私にも言えるのかもしれない。
小春様が不快な思いをしないためにも色んなことを知らなければ。
「………」
そう思っていたのにおかしい。
数分前までは全然眠気を感じなかったのに徐々に睡魔が近づいているのがわかる。
でも時間からしていつもの就寝時間より早い。やはり疲れが大きいのか。
「雅さん、部屋の電気消しても良いですよ」
「ですがそれでは小春様の顔が…」
枕の横に置いてあるスマホに手を伸ばそうとするけど動作がゆっくりになってしまう。
「また明日も通話出来ますから。それに朝になればまたモーニングコールしてくれるんですよね?」
「勿論です」
「通話は雅さんが寝たら切ります。良いですよ?電気消して」
「………」
私は小春様の声に導かれるように部屋の電気を暗くする。
室内はスマホの画面だけが光っている状態になった。
「不思議ですね。小春様の声がいつもより聞こえる気がします。とても心地が良いです」
「そ、そうですか」
「ふふっ。小春様は嫌がるかもしれませんが、一緒に横になっているみたいです」
目を瞑ってしまえば隣に小春様が居るように思える。遠い未来で私が小春様の隣で寝れる日は来るのだろうか。
するとスマホからガサゴソという物音が聞こえる。
「小春様?」
「……私も寝ます。リモート添い寝です」
どうやら小春様もベッドに寝転がってくれたようだ。
それがわかった瞬間に私の心臓は大きく脈打つ。と同時に額がむず痒くなってきた。
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