第25話 寝落ち通話(2)

「「………」」


 何か喋らなくては。そう思っているのに何も浮かばない。

 眠気と高鳴る鼓動が私の思考を邪魔していた。


「み、雅さん。寝ましたか?」

「いえ…」


 私がそう返事をすれば小春様も消えるような声を返す。


 スマホからはシーツが擦れるような音が時折聞こえるので、小春様も緊張しているのが伝わった。


「ぅんん……むぅぅ」

「ふふっ」


 でも神楽家名物小春唸りが聞こえたら小さく笑ってしまう。

 これを聞くと不思議と自分に余裕があると思えるので私の安心材料になっていた。


 小春唸りは無意識に出ているようで悩ましい声はしばらく続く。


「小春様」

「は、はい」

「せっかくですからいつもと違うお話がしたいです」

「違う話ですか?」

「ええ。例えば小春様の小さい時の話とか」


 一応小春様が赤ちゃんの時から面識がある私。


 しかし気付けば妖怪が嫌いになってしまっていたので、遊ぶことも一緒に何かを学ぶこともなく同棲まできてしまった。


 妖怪と人間の寿命は全く違う。そして時の流れの感覚も別物だ。だからこそ聞きたかった。

 小春様が見てきたものや感じてきたものを。


「えっと私が小さい時は……よく絵を描いていました」

「小春様は絵を描くのがお好きなのですか?」

「そういうわけではないんですけどね。今は下手くそだから描いてませんし。でも桜花と違ってひたすら描いていた覚えがあります」

「桜花ちゃんは小さい頃から活発でしたよね。時々私の実家に来て鬼ごっこやかくれんぼをしました」

「雅さん相手だと本当の鬼ごっこですものね…」

「ふふっ。本当ですね」


 その頃の私は人間で例えると15歳くらいの見た目だった。

 だから桜花ちゃんは雅お姉ちゃんと慕ってくれたのだ。


 私と同じになりたくてダンボールで鬼のツノを作ってきたこともあったっけ。


「こうして振り返ると桜花ちゃんの存在が大きいですね。あの子はずっと変わってないです」

「そういえば私、何回も桜花に連れ出されそうになったことがあるんです。行き先は告げなかったけど、もしかしたら雅さんの所に行かせようとしたのかな…?」


 そんなこともあった気がする。でも結局桜花ちゃんは小春様を連れ出せず不機嫌になっていた。


 私は小春様の声を聞きながら目尻を下げる。一度溢れた思い出は止まることなく蘇ってきた。


「それにしても小春様の絵ですか。神楽家に残ってますかね?」

「や、やめてくださいよ!?きっと捨ててあるはずです!」

「聞くだけは問題ないかと」

「ダメです!雅さんが聞いたらお母さん畳剥がす勢いで探そうとするので…!」


 小春様は慌てて私を止めようとする。可哀想だからこれ以上からかうのはやめておこう。


 ……本当に心地良い時間だ。眠気と小春様の話が相まって身体も心も暖かくなる。


「ち、ちなみに絵で思い出したんですけど」

「何でしょう?」

「雅さんの絵も可愛いですよね。洗濯機やお風呂掃除の手順表の…」

「ああ、あれですか。お仕事で時々ポスターを描くので自然と身についた技術ですね。ただ」

「ただ?」

「どうしても生き物が上手く描けなくて……」

「くふっ…!」

「こ、小春様?」

「いっいや…何でも…」

「まさか笑ってます?」


 私は自然とスマホ側に顔を向けて耳を澄ます。小春様は何度か咳払いをしていて笑いを堪えているのがわかった。


「笑ってもらって構いません。自覚はしているので」

「違っ…!単純に洗濯機や掃除用具のイラストとギャップがあるなって思っただけで馬鹿になんてしてません!」

「では私が描いた2匹の動物は何かわかりますか?」

「く、クマとアリクイ?」

「パンダと牛ですね」

「ごめんなさい」


 時々罪を犯す妖怪の注意を呼びかけるのに私はポスターを描く。

 その中で親しみやすさを込めて描くのがパンダだ。


 クマの形に白黒の模様を描けば幼い妖怪にも伝わってくれる。

 そして牛も犬の形に白黒の点々を描けば完成なのでよくお世話になっていた。


「帰ったら小春様に絵のご指導をお願いしなければいけませんね」

「えっ!?私下手くそってさっき…」

「クマとアリクイに見えてしまう私の絵よりは上手いはずです」

「うぅんん」

「ふふっ……」


 シュンとした小春様の表情が目に浮かぶ。きっと今スマホを見ても顔は映されていないのだろう。

 だからこそより直接顔を見たいと思う欲が出てしまう。


 するとそれを境に抑え込めていた眠気が私を包み込んだ。


「……良いですね。寝落ち通話というものは」


 瞼は抵抗を無くしたように下がっていく。

 もう少しだけ話していたい。明日になればこの心地良さは全て無くなっているはずだから。


「雅さん、寝ますか?」

「ええ…」

「いつでも良いですよ。寝たのがわかったら通話切るので」


 いつもより小春様の声が柔らかく聞こえる。私は身体を横に向けて目を瞑った。


「小春様。これからもお慕いしてよろしいでしょうか?」

「は、はい。大丈夫です…?」

「ふふっ」


 小春様の歳の人間はお慕いなんて使わないか。きっと意味がわからず返事をしたのだと思う。

 それでも嬉しくて私は全身の力を抜いた。


「おやすみなさい。小春様」

「ゆっくり休んでくださいね。雅さん」


 好き。そんな言葉が自然と頭に浮かんでくる。それはどんな好きとか考えられないくらい大きな想いだった。

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