第26話 幸せにしたいから

「おい!何だこれ!」


 北の地方出張が始まって7日目。河童族が暮らす水辺の集落を調査していた時のことだった。


 私は近くから聞こえてきた宵楽の声に反応して小さな滝がある場所へ近づく。


「何よ」

「何よじゃねぇって!何だこの焦げカス!」


 いつも面倒臭そうがデフォルトである宵楽が血相を変えて滝壺を指差す。


 透き通った水の奥。そこには異物感を覚える何かが沈んであった。


「石では無さそうね」


 私は躊躇せず滝壺に足を踏み入れる。そこまで深くは無いが妖怪だから出来ることだろう。


 天狗の羽が濡れるため空へと舞い上がっていた宵楽からトングを受け取り、私は異物を拾い上げた。


「妖具…!」


 吹き出し花火のような形をしている物。何も知らない人間からすれば単なるゴミだろう。

 しかし妖怪ならばひと目で見分けられる。


「雅、何があった!?」

「煙や香りを出す妖具ね。普通は防犯用の煙幕や妖怪の傷の回復に使う代物よ」

「改造されているか?」

「この状況で考えるとね。まぁ河童達が捨てたという説も拭いきれないけど」

「改造の場合だと、発情や精神をおかしくする薬が入っているかもな。それどこで作られたか書いてあるか?」

「焦げて見づらいわね……」

「我の鼻からは全然匂いは感じない。効力は切れているはずだぜ」


 私は宵楽の鼻を信じて顔の近くまで妖具を持ってくる。そして目を細めて文字が書いてある部分を確認した。


「かぐ……ざ…てん?」

「神楽雑貨店だと!?」

「………」

「待てよ。お前の嫁さん神楽雑貨店のお嬢さんじゃ…」

「………」

「あーっと……とりあえずこれは回収だ。まだ何も確定していない。変な想像はやめろ」

「わかっているわよ」

「ならそのビンビンに伸びたツノ抑えろや!」


 宵楽はトングごと私から奪うと厳重に袋へしまい他の妖怪が居る場所へ報告に行く。


 私は滝壺に足を入れたまま動けなかった。宵楽に変な想像はやめろと言われても想像は止まらない。


「小春様…」


 紛れもなくあの妖具は神楽雑貨店で作られた物だった。

 文字は掠れていても店のマークはハッキリと確認出来ている。


 利用されたか。それとも加担しているか。


「ふぅぅーーっ」


 私は小春唸りのように息を吐き出す。水が染み込んだ仕事着は肌に張り付いて気持ち悪かった。


 すると後ろから黒い何かが飛んでくる。滝壺に浮かぶのは宵楽の羽だった。


「早く来いってことね」


 重い足を動かして私は川から上がる。今の私は小春様には見せられないくらいに醜い鬼の姿をしていた。


ーーーーーー


「やっと帰れると思ったけどスッキリしない帰り方だな」

「そうね」

「まぁ例え神楽雑貨店が事件に関係していたとしても雅の嫁さんはほぼ部外者だろ。元気出せよ」


 その日の夜。私は宵楽と共に地元の居酒屋に来ていた。


 宵楽はメニュー全てのサラダを頼むと瞬く間に平らげていく。

 私はお酒をちびちびと飲んでその光景を眺めていた。


「河童族の集落での集団暴行事件が起こったのは約1週間前。検査に出した妖具の効力が消えたのもそれくらいだってさ」

「やはり、あれが火種なのね…」

「まだどんな効果が入っているかは調査中だけどな」


 宵楽は次の野菜を頼もうと店員さんを呼ぶ。人間に近い姿の宵楽は警戒されることなく注文を終えた。


「まぁあれだ。今は深く考えんな」

「ええ」

「あーっと、今日くらいは惚気を聞いてやろうか」

「………」

「ち、チューはしたんか?」

「するわけないでしょう!?」


 私は飲んでいたお酒が変なところに入りそうになる。

 対して宵楽は口角をピクピクとひくつかせていた。


 恋愛話が苦手なくせに私の機嫌を直そうと話題を振ってくれる。

 これだからイケメン女子天狗と言われるのだ。


「……コホン。嫌いな妖怪からその、キスなんてされたら小春様はどうなるかわからないわよ。下手したら部屋から出てこなくなる可能性もあるし」

「へぇー」

「それにハイタッチで限界が来ているの。妹の桜花ちゃんから提案された見送りハグチャレンジでさえ怖くて出来ないんだから」

「ふーん」

「そもそも身体目当てとかで私達は一緒に居るんじゃないの。加えて小春様はまだ未成年よ?」

「急に喋り出すじゃんこいつ」


 宵楽の呆れた声にハッとして私は再度咳払いする。

 そして誤魔化すようにお刺身を口に放り込んだ。


「貴方が変なこと言い出すからでしょ」

「じゃあさ。近い未来嫁さんがチューねだってきたらどうするよ?耐えられんの?」

「そっ、そんなの…」


 私はサーモンを噛み締めながら想像してしまう。小春様がキスをして欲しいと頼む姿を。


 もし言われたら私はどうするのだろう。いつものように冷静で居られるのか?


「………」

「急に黙り込むじゃんこいつ」

「貴方のせいよ!」

「あーうるさいうるさい。個室とはいえ迷惑になんぞ」


 全部宵楽が言い始めたことなのに彼女は部外者の如く届いた山菜焼きを食べ始める。


「まぁその反応だと雅から嫁さんに無数の矢印が向いている感じだな。案外もう運命が決めた結婚だからなんて言えないんじゃねぇの?」

「っ……」

「けれど気になるんだよなぁ。別に人間と妖怪が結婚するのは新しい試みじゃない。それに嫁さんの事情は既に聞いている。ただ我は、なぜ雅が自分から許嫁を志願したのかが聞きたい」

「それは」


 私はほろ酔い状態の脳内で小春様の顔を思い出す。

 流れに身を任せてしまった小春様は知らない、この関係の経緯。


「……小春様は結果的に妖怪と結ばれる選択肢しかない。他の妖怪に渡すのなら私が小春様を幸せにするって思っただけよ」

「そんな正義感溢れる決意が今では色欲に塗れて…」

「宵楽」

「サラダ食う?」


 私はため息をつきながら首を横に振りまたサーモンに箸を伸ばす。


 小春様もいつかわかってしまう自分自身の真実。その“いつか”が着々と近づいていることに本人は気付いていない。


 許嫁の私はサーモンを食べながらモヤモヤを募らせることしか出来なかった。

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鬼が嫁入り 〜妖怪嫌いが鬼族の許嫁と幸せになる話〜 雪村 @1106yukimura

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