8章 敗れた者達
《神楽雑貨店にて》
第49話 義妹と天狗
「ん」
「あ!りんご飴だ!」
ぶっきらぼうな態度で宵楽から渡されたりんご飴を見て、桜花は嬉しそうな声を出す。
夕方の神楽雑貨店にはお客が居なかったので2人はりんご飴を持ち、裏へと入って行った。
「どっかでお祭りやってたの?」
「ああ」
「え?どこどこ?もしかしてお姉ちゃん達が行ったところかな?」
「さぁな」
畳の上にドサっと座る宵楽。相変わらず雅のような気品のかけらも無い。
それでも桜花は口角を上げて宵楽の隣へ座った。
「おい近い」
「良いじゃんエアコンついてるし」
「そういう問題じゃねぇ」
「何〜?意識しちゃうとか?」
ニヤニヤと笑う桜花はからかうようにもっと距離を縮めてくる。
宵楽はそんな桜花にため息をついてデコピンを食らわせた。
「あだっ」
「お前みたいなガキンチョに意識しろって無理な話だ」
「ひどーい」
「我は雅のように優しく受け止めないぞ」
宵楽が雅の名前を出した瞬間、桜花のニヤつき顔が固まる。
しかしすぐにヘラヘラ顔に戻った。
「宵楽が急に優しくなったら槍が降ってくるね」
「我が優しくなる日は絶対来ないな」
2人は鼻で笑いながらシャリっと音の良いりんご飴を食べ出す。
今日は比較的お客は少なかった。
店番を頼まれた桜花はそろそろ閉めようかなと思いながら出入り口の扉を見つめる。
「………」
そしてまた、あの九尾の子供は来るのだろうかとぼんやりと考えていた。
「学校の宿題終わったのか?」
「ゔっ」
「まさか雅と雅の嫁さんに手伝わせる気じゃないだろうな」
「………」
「ったく。一応護衛やってるから嫌でも目に入るんだよ。空白欄の多い課題が。雅曰く嫁さんはもう終わらせているらしいぞ」
「……お姉ちゃんはいつもそう」
「何でも雅とデートするために速攻終わらせたみたいだ。そういうところは嫁さんも学生だな」
「……嫁さんじゃない」
「ん?」
「嫁さんじゃなくてお姉ちゃんだし!!」
すると突然、桜花は大声を出す。隣にいた宵楽は反射的に肩を跳ね上がらせた。
「悪い」
自然とそんな謝罪が出てくるが宵楽は正直動揺している。
やっぱり最近おかしい。それが今、爆発したのかと。
「なぁ桜花」
「あーごめん違うの。あたしにとってお姉ちゃんはお姉ちゃんなんだよね。だから嫁さんって言い方がしっくり来ないっていうか。こう見えてあたしお姉ちゃん大好きだから!」
誤魔化し方が本当に下手だと宵楽は呆れた。
対する桜花はやり過ごせたと思っているらしい。何事も無かったかのようにりんご飴を齧っている。
「桜花」
「なーに?」
「お前最近変なんだけど」
しかし宵楽の中に遠慮という単語は無い。いつでもストレートに遠回しせず想いを伝える。
少しの間、護衛をやってもらっていたお陰でそれは桜花も身に学んでいたことだった。
「例えば?」
「例えばって……雰囲気?」
「あたしいつも通りだよ?」
「どこがだよ。雰囲気もそうだけど行動もおかしいぞ。急にベタベタし始めて作り笑いみたいなのが多くなった」
気付かないと思ったか?と宵楽は勢いよくりんご飴を齧る。
桜花も釣られたようにりんご飴を1口食べた。
「なんか悩んでんなら雅か姉さんにでも相談しろよ」
「宵楽には相談しちゃダメなの?」
「我に相談する気なのか?ロクなアドバイス出来ねぇぞ」
「まぁ宵楽はそっか〜」
「あ?」
桜花は軽く宵楽を馬鹿にすると畳から立ち上がる。
そしてりんご飴を持ったまま雑貨店の出入り口へ向かった。
宵楽はそんな桜花を睨みつけるがこちらを振り返ることはない。
すると桜花は出入り口の鍵を閉めると小さく笑った。
「好きな人が出来そうなの」
「え?」
「だから!好きな人が出来そうなの!」
「それって雅のことか?」
「……どっちだと思う?雅お姉ちゃんか別の人か。もしかしたら別の妖怪かも」
宵楽は最後の1口を食べ終え、串を軽く振り回しながら黙り込む。
たぶん「出来そう」という表現なら雅では無いと確信した。
となれば「わからない」と答えるのが無難なのだろう。
「さぁな。我は桜花の交友関係はよく知らん」
「あれほど付き纏っているのに?」
「護衛と言え。我だってやりたくてやっているわけじゃない」
「でももうあたしを護衛する理由は無いんでしょ?」
桜花を護衛することになった理由は玉藻前から守るためだ。
過去に襲われかけた経験がある桜花は少なからず玉藻前のフェロモンが付いている。
だからこそ自警団の団長である雅の父から、宵楽は命令を授かったわけだが、結果的に狙いは小春だった。
それでも護衛を解かない訳を宵楽はなんとなく理解している。
「理由は無くなっても上から命令されない限り、我はお前から離れられない。辞めて欲しいなら雅の父親に言いな」
宵楽は何も刺さってない串を咥えて甘噛みする。
桜花は小春以上にこの状況を知らない。
雅が言うには小春は既に何かしら勘づいているとのことだ。
「宵楽はあたしの護衛辞めたい?」
「ああ。面倒」
「ふーん」
桜花は本日の雑貨店の営業を終えるとまた宵楽の元に戻ってくる。
そして宵楽が咥えていた串をゆっくり抜き取った。
「ちょっ、おい」
「ダメだよ」
何も無い串が抜かれたと同時に、まだ残っている桜花のりんご飴が宵楽の唇に当てられる。
齧られていない艶のある外側が厚めの皮膚から甘さを伝わせた。
「宵楽の護衛は辞めさせない。雅お姉ちゃんのお父さんにそう言えばきっとしばらくは許してくれる」
「………」
「宵楽はあたしの側にいなきゃダメ。だってあたし1人になっちゃうもん」
宵楽の背中に冷や汗が流れる。「なんでそんな目をしているんだ」と問いかけたいのにりんご飴のせいで口が動かなかった。
「……へへっ!なーんてね!そのりんご飴あげる!お腹いっぱいになっちゃった」
「は、はぁ?」
「宵楽は潔癖症じゃないでしょ?食べて」
桜花はそのままりんご飴を宵楽に握らせる。
そして何事も無かったかのように今日の売り上げを計算し始めた。
「護衛の件は宵楽の好きなようにしてよ。もし必要であればあたしが雅お姉ちゃんのお父さんに言ってあげるから!」
「……ありがとう」
普段素直にお礼を言えない宵楽でもこの状況ではそう返すしかなかった。
冷や汗は背中を伝い服へ染み込む。
渡された食べかけのりんご飴を見つめながら宵楽は呼吸を整えた。
「お前って案外闇深いタイプか」
「んー何か話しかけた?」
「いや別に」
正直言って宵楽は怖いと思ってしまった。指名手配書で見た玉藻前の目とそっくりだったから。
それでも冷静を装い桜花の食べかけを口に含む。
「…….桜花に好きになられた奴は大変そうだな」
「何それ!お見合い全部斬る宵楽に言われたくないんですけど!」
もういつも通りの桜花だった。しかし宵楽は忘れられないだろう。
ハイライトが消えてしまった桜花のあの目を。
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