《小春の許嫁》雅視点
第3話 心強い義妹
「やっちまったよあたし…」
「桜花ちゃん」
「ごめんなさい雅お姉ちゃん。余計なことしちゃった」
「いいえ。そんなに自分を責めないでください」
小春様が家から出て行ってしまった瞬間。桜花ちゃんは力無く床に座り込んでしまう。
私は自分を責める桜花ちゃんの背中をさすって落ち着かせようと試みた。
「んん……でもあんな顔見たら誰でもカッとなるよね?」
「さ、さぁ?どうでしょうか」
「雅お姉ちゃんはカッとならないの?」
私は桜花ちゃんが言う小春様の顔を思い浮かべる。
まるで恐怖を全面に出したような顔。それでいて目の奥には敵視するような怒りも見える。
「私にとってはあれが小春様のデフォルトですからね」
「いやそれしか見てないのはおかしいよ普通!」
桜花ちゃんは頬を膨らまして私の代わりに怒ってくれているようだ。
その姿は小さい頃の面影を残している。
私は神楽姉妹を赤ちゃんの時から知っていた。だからこそ小春様を怒れないのだろう。
「私は無理して笑われる方が辛いですね」
「うっ、それはそうかもしれないけど!」
「それに小春様も意識的にやっているわけじゃありません。妖怪嫌いというのはずっと前から知っていましたし、私は気にしていませんよ」
「……嘘つき」
私は桜花ちゃんの手を引っ張ってソファに座らせる。
最後に呟いた言葉は聞こえなかったことにしよう。
「ねぇ雅お姉ちゃん」
「何でしょう」
「ツノ、出してよ」
「え?」
「良いから!鬼のツノ出して!」
すると桜花ちゃんから急なお願いをされる。私は一瞬戸惑いながらも、桜花ちゃんなら大丈夫かと思い全身の力を抜いた。
そうすれば額から2本のツノが現れる。
「じゃあ次はキバと爪を……」
「ちょっと待ってください。どうしたんですか急に」
「だって疲れちゃうでしょ?お姉ちゃんのために鬼の特徴隠していたら」
「もう慣れてますので」
「そういうところだよ雅お姉ちゃん。すーぐ無理する。あたしだってもう高校生なんだからそれくらいの変化は勘付いてますー!」
そうだ、桜花ちゃんはもう16歳だ。けれど私の中ではまだ小さい子供と思ってしまっている部分がある。
しかし小春様はそう思えない。そこが私の感覚で不思議なところだ。
「雅お姉ちゃんのツノ、こんなに綺麗なのに」
「ありがとうございます」
「………」
「桜花ちゃん?」
桜花ちゃんはジッと私のツノを見つめると小さく片手を上げる。
その手は私のツノを触ろうとしているのだとわかった瞬間、反射的に手を振り払ってしまった。
「いっ…!」
「お、桜花ちゃん!?ごめんなさい!私…!」
「ううん。謝るのはあたしの方。勝手に触ろうとしてごめんね」
落ち着いている桜花ちゃんとは正反対に私は焦って片手を見る。
幸い、鬼の鋭い爪は整えているので怪我は無いみたいだ。
若干赤くなっているだけだからすぐに治るはず。
しかし妖怪ではなく人間の桜花ちゃんを叩いてしまった事実に心はチクッとしてしまった。
「ごめんなさい」
「雅お姉ちゃんは謝らない!ツノ触ればリラックスするかなと思ったあたしのせい!」
「そんなこと考えてたのですか?」
「くすぐりと同じかな〜って」
申し訳なさそうに笑うけれどツノはやめてほしい。
私は額に両手を当てツノをしまうと桜花ちゃんの頬を軽く伸ばした。
「私だから良いですけど他の鬼にやってはいけませんよ?」
「ふぁーい」
「でも私を気遣ってくださりありがとうございます。桜花ちゃんの優しさは高校生になっても変わりませんね」
「雅お姉ちゃん…!」
シュンとなったのも束の間、桜花ちゃんは花が咲くように笑顔になる。
小春様が笑った時もこんな感じなのだろうか。
すると桜花ちゃんはまた私に抱きついてきたと思うと頬を擦り寄せる。
「あたし、雅お姉ちゃんのこと大好き」
「私も桜花ちゃんのこと好きですよ」
「うん。今はそれで満足」
桜花ちゃんは嬉しそうに笑うと立ち上がって時計を見る。時刻は小春様が出て行って30分近くになっていた。
「お姉ちゃんならすぐ帰ってくるよ!もし何かあったら連絡して?」
「わかりました」
「後、悩んでいることがあっても連絡ね!あたし力になるよ」
「頼りになりますね」
「へへっ。それじゃああたし帰るね。色々と余計なことしてごめんなさい」
「もういいですよ。またいつでも来てください」
私がそう伝えれば桜花ちゃんは嬉しそうに頷く。やっぱりまだ高校生として見るには時間が掛かりそうだ。
私はマンションの窓から外の様子を見てみる。流石に小春様の姿は確認できない。
許嫁なら追いかけるべきなのだろうか。でも、追いかけた先で怖がらせてしまったら?
「雅お姉ちゃん」
「……あっ、何でしょう?」
「あたし頑張るね」
「は、はい?頑張ってください?」
「うん!お見送りはしなくていいよ!お邪魔しました!」
「はい。また」
言い方は悪いかもしれないが嵐が去ったような感じだ。でも私はこの感じを嫌っていない。
「小春様…」
しかし今頭を埋め尽くすのは小春様のことだった。
何となく今日みたいなことは来ると覚悟していた。だって私達は許嫁なのに全然距離が縮まらないのだから。
私は過去を振り返ってため息をつく。そんな時、リビングの扉がガチャリと音を立てた。
「桜花ちゃ…」
「……ただいまです」
「小春様!」
振り返った先には桜花ちゃんではなく小春様が立っていた。
気まずそうに目を動かすとゆっくりとした足で私に近づく。
「これ、食べませんか?」
小春様は持っていた袋から小さい黄色の筒を取り出す。差し出してくれたのはプリンだった。
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