第4話 幸せの始まり

 小春様が帰ってきて2人でプリンを食べる。


 一緒におやつを食べることなんて初めてで会話が見つからない。

 ソファに並んで座っても1人分の距離が空いていた。


「美味しいです。ありがとうございます小春様」

「いえ…」


 コンビニで買ってきてくれたであろうプリン。


 普段は和菓子ばかりを差し出されるけど私はどちらかというと洋菓子の方が好きだ。

 もしかして桜花ちゃんにでも聞いたのだろうか。


 チラッと小春様に目を向けると、スプーンを持つ手が止まっている。

 プリンもひと口しか食べていないようだった。


「……小春様」

「は、はい」

「私は何も気にしていませんよ。嫌いなものを克服するのはとても難しいことです。好きになろうとすれば更に」


 小春様は私と違って17年しか生きていない。妖怪の鬼族である私は人間の年齢の感覚とは違うが倍の年数は生きていた。


 だからこういう時は大人である私から話しかけなければ小春様は喋ってくれない。


「それにまだこの関係が始まって1ヶ月です。焦る必要はありません」

「……焦ります」

「え?」

「だって私、桜花に言われるまで雅さんを傷つけていた自覚が無かったんです」

「別に私は傷ついていません。桜花ちゃんが少し大袈裟に」

「じゃあ何で笑わないんですか!?」


 小春様は声を震わせて私と顔を合わせる。久しぶりにちゃんと目が合った。


 私は身体を固まらせて答えを探す。しかし先に口を開いたのは小春様の方だった。


「いや、変ですよね。笑わないのは私のせいなのに」

「そんなこと…」

「桜花の前では雅さんは笑っています。でも私の時は無理に笑っているような気がして……。私が雅さんから笑顔を奪っていたんだって思っちゃって」


 小春様は持っていたプリンとスプーンをテーブルに置くと深く頭を下げてくる。

 私は慌てて頭を上げるように言うが、小春様は首を横に振った。


「桜花の言う通り、雅さんの優しさを受け取ろうともしないでずっと拒否していた。なのに自分は近づこうともしないで雅さんばかりに頑張らせて…」

「小春様が私に近づけないのには理由があります。だから今は私が頑張りたいんです」


 私は小春様の謝罪を否定する言葉を次々に並べる。大人なら、この立場なら私が頭を下げる側だ。


「雅さん」


 しかし途中で小春様が私の言葉を止める。そして一度置いたプリンを手にしてスプーンで掬うと私の方へ伸ばしてきた。


「小春様?」

「わ、私も……さ、更に頑張ればこれくらいの、こと……出来ます」


 プルプルと手が震えながらも徐々に近づいてくるプリン。

 小春様は私から目を逸らしているがその手が戻されることは無かった。


「ひっ、ひと口どうぞ」


 私に対しての恐怖心が伝わってくる。まるで私に殺されるのではないかと思っているくらいに。


 それでも手は私の顔の近くで止まって微動している。これは受け取らなければ。


「いただきます」


 冷静に応えたつもりだけど自分でも声が跳ねているのがわかる。

 心の底から湧き上がった嬉しさが全面に出てしまっていた。


 ひと口分のプリンを食べれば甘さが口に広がる。私が食べているものよりも甘く感じた。


「とっても美味しいです」

「よ、良かった…です」


 小春様は安心したように身体の力を抜く。だらんと垂れた腕は頑張ってくれた証拠だった。


「……雅さん」

「はい」

「私、妖怪嫌いを…ううん。雅さんを避けるのを直します」

「大丈夫なのですか?私は小春様が無理する姿を見るのは辛いです」

「私は雅さんの笑顔を奪うのが辛いです」


 その言葉を聞いた途端、私の心臓が一度強く脈を打つ。


「私も雅さんの許嫁だから頑張ります。すぐに近づくことは無理ですけど、徐々に近づけるようにします」

「……」

「それにこのままだと桜花が本格的に動き出しそうだし………雅さん?」


 私は小春様の呼び声でハッと我に返る。強く動いた心臓からはじんわりと温かさが滲んでいた。


 こんなの初めての感覚だ。


 私は不思議な感覚に戸惑いながらも自分のプリンをスプーンで掬う。

 それを小春様に差し出した。


「小春様。これを受け取ることは出来ますか?」


 既に頑張ったのにまた頑張らせるのは意地悪だと思う。

 でも気になってしまった。


 小春様は目を何度も瞬きさせて状況を理解しようとしている。


「こちらも美味しいですよ」

「あっ…」


 意味がわかった小春様は顔をこわばらせながら唾をゴクリと飲んだ。


「………」

「………」


 少しの間、無言の時が流れる。でもいくら時間が掛かろうとも私は待てた。


「いっ、いただきます」


 小春様は決心したような顔つきになったと思えば顔をスプーンに近づけてくる。

 私も手を前に出して小春様の唇にプリンをつけた。


「どうでしょうか?」

「……スゴクオイシイデス」


 カタコトになっているということは味はあまりわからないのだろう。

 真っ青な顔をしながら小春様は口を動かす。


 それでも食べてくれたという事実は私を喜ばすには十分な材料だった。


「ふふっ」

「雅、さん?」

「これが俗に言う間接キスなのでしょうか?」

「ふぇ!?」

「これからもよろしくお願いします。小春様」


 小春様の覚悟はいつまで続いてくれるかわからない。けれどすぐには終わらないことは確信できた。


 真っ青な顔から真っ赤な顔になっていく小春様は口元に手を当てて動揺している。


「その顔は絶対桜花も見たことないはず…」

「えっ?」


 すると小春様は全ての機能が停止したように静かになる。これ以上は無理かなと許嫁の私は察した。


 私は小春様が口にしたスプーンを使ってまたプリンを食べ始める。


「本当に美味しいです」


 私達の生活はまだ始まったばかりだ。なのにもうここまで進められるとは。



 ……そしてきっとこの時の誰もが予想してなかっただろう。このキッカケが私達を甘い幸せへと導いてくれることを。

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