第22話 “避けない”だけではなくて
「小春様。お疲れ様です」
「雅さんもお仕事お疲れ様です」
実際私は雅さんのお陰で何も疲れてない。でも形として労いは受け取っておく。
私のスマホ画面に映る雅さんはいつもの部屋着姿でぎこちなくスマホを抱えていた。
「なぜ小春様の画面は安定しているのですか?端に映る私の画面はフラフラ揺れています」
「たぶんスマホスタンドのお陰ですね。雅さんも何か小物を使ってスマホを立ててみたらどうですか?」
「スマホを…」
雅さんはキョロキョロ顔を動かしながら小物を探す。
そして立て掛けやすい物が見つかったようで慎重にスマホを置いていた。
「意外と難しいですね」
真剣な表情が画面いっぱいに広がる。視線はカメラではなく小物に向けているようで私もギリギリ顔を見れていた。
「今って自由時間ですか?」
「はい。仕事仲間と食事をした後ホテルで休んでいたところです」
「現地に着いたらすぐに仕事をしたんですか?日曜日なのに」
「結構急ぎの調査でして。でも今日は簡単な下見で本格的な調査は明日からです」
「へぇ…」
まだ良い位置に固定出来ないのかガタガタ音を立てながら雅さんはスマホを動かす。
今度、安いスマホスタンドでも贈ろうかな。また出張があった時に使えそう。
「小春様、どうでしょうか?」
「揺れてませんよ。バッチリです」
「良かったです。これで沢山お話し出来ますね」
よほど通話が嬉しいのか雅さんは微笑む。何だか一瞬、犬耳が現れた気がした。
「あの雅さん。まずお礼を言わせてください。色々と準備してくれてありがとうございます。お掃除やらご飯やら…」
「いいえ。私の仕事の都合でこうなってしまったので。小春様にはご迷惑をお掛けします」
「そ、そんなことないです!実際出張があったから普段の雅さんの大変さがわかりましたし」
「大変さとは?」
「あれほどの家事を毎日1人でやってくれていたなんて……」
「ああ、なるほど」
雅さんは小さく笑う。私は全てをやらせていたことに申し訳なくて縮こまった。
色々な準備があったけど、日常生活ではもっと沢山の家事をしているはずだ。
雅さんもそうだけど大変さを知ってしまった今はお母さんにも頭が上がらない。
後で桜花にも言ってあげなければ。お母さんに感謝しろよと。
「そんな難しそうな顔をしないでください。私も小春様の歳の時は家事なんてやりませんでした」
「えっ嘘」
「本当ですよ。全て母やお手伝いさんがやってくれていたので」
「お、お手伝いさん?雅さんの実家にはお手伝いさんが居るんですか?」
「家族は全員現役で仕事をしているのに加え、実家は無駄に大きい屋敷なので」
確かに雅さんの実家は大きい。一度だけお邪魔したけど大きかった。
でもほぼ気絶寸前だったので大きいしか覚えてない。
いつかゆっくりと見学する日が来るのだろうか。
「とにかく私は小春様より年上なんです。頼ってもらって構いません。それに家事に気を取られて学校や友人関係に支障が出てしまうのは私も悲しいです」
「………」
「小春様?」
「ゆ、ユウジン…」
見に覚えのない単語に私は挙動不審になる。
無意識に目があちこちに動いて、カメラ外の手はあやとりをするかのように暴れていた。
「……失礼致しました。学生の本分は勉強です。小春様は成績優秀だと聞きます。それを維持できるように家事は私が担当しますので」
「ごめんなさい。フォローさせちゃって…」
「そんなことありません。小春様は今何をすべきかをわかってらっしゃる証拠です」
上手なのか下手なのか判断しにくいフォローだ。
妖怪でも怖がって話せないのに人間でも友達を作れないなんてと思ってしまう。
でもこれも言葉にすれば雅さんに慰められるのだろうな。
私は話を戻すように咳払いする。
「確かに雅さんの言う通りな部分はありますけど、私も何か家事を手伝わせてください。2人で暮らしているので分担は大事です」
「しかし…」
「私が申し訳なく思っちゃうんです。出来ないことの方が多いですけど、そこは頑張って克服します!あの日の決意はまだ消えてませんし」
最初は“雅さんを避けない”という決意だったが、今では少しだけ意識が変わっている。
「これからは避けないだけじゃなくて、寄り添うというか……一緒に歩くというか……うぅぅ」
なんて言うのがピッタリかわからず私は神楽家名物小春様唸りを発動する。
寄り添うのはハードルが高いし、一緒に歩くのは物理的に長時間出来ない。
私は腕を組みながら唸る。
すると突然通話が切れた。
「えっ?雅さん?」
何かあったのかと思い私は急いでメッセージを送る。
【雅さん急に通話が切れたけど大丈夫ですか?】
【すみません】
【もしかして疲れちゃいました?今日はここまでにしますか?】
【すみません。少しツノが出たので切りました。ですが体調に問題はありません】
【それなら良かったです。私の方こそ気を遣ってもらってすみません】
【平気です。それでは明日の朝、いつもの時間に起こしますね。おやすみなさい】
【わかりました。おやすみなさい】
「……ん?朝起こす?」
私は最後の文章を繰り返し読んでみる。これはモーニングコールをしてくれるという意味なのだろうか。
でも雅さん通話掛けられるのかな?
とりあえず夜の通話は中途半端で終わりなようだ。
私は一応スマホのアラームを設定する。雅さんがいつも起こしてくれる時間の10分前に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。