第42話 一方的な求愛
次に目を開けた時、私は霧の中に立っていた。
あんなに激しい眩暈があったのにしっかり地面に足を着いている。
目を細めて辺りを見渡してみるけど霧が充満していて何も見えない。
「雅…さん?」
小さく隣に居たはずの人を呼んでみるが返事は無かった。
「どこ…」
お詣りに行くために鳥居を潜ったら霧の中に居たなんて状況がわからなすぎる。
とりあえず1歩足を踏み出すが霧は晴れることなく、私に恐怖心を抱かせた。
「捕まえた」
「ひゃぁ!!」
次の瞬間、その恐怖心は最高潮に達する。誰も居ないと思っていたのに誰かに後ろから抱きつかれたからだ。
「いやっ、待って!誰!?」
「怖くないよ。怖くない」
「ふぇ…?」
「だって私だもん。姿は変わっちゃったけど、小春はわかるでしょ?」
「あ……」
背中から伝わる体温の大きさは私よりも低い。
ゆっくりと後ろを振り返れば、そこには耳と9本の尻尾を生やした子供が居た。
「きゅ、九尾族?」
「でも怖くないでしょ?」
上品に微笑む九尾の子供の言葉に私は気付く。
妖怪に抱きしめられているのに身体が震えていないということを。
「あれ…?」
「ほら怖くない。むしろ安心する」
信じられない。信じられないけど本当だ。
初めて会う九尾の子供なのに私は震えることも怯えることもなくその場に立っている。
雅さんが相手で、ここまで密着したら本能的に逃げてしまうのに。
「妖怪嫌いが直った?」
「直ってはないよ。私だから震えないの。ねぇ、他に何か思うことはある?」
「な、何かって…」
「好き?」
「え?」
「私のこと好きって思う?愛おしいって思う?ずっと離れたくない、心の奥まで縛って欲しいって思う?」
「いや…あの…」
突然の詰め寄るような問いに私は戸惑うが、初対面の妖怪にそんな重い感情は流石に抱かない。
それは人間でもだ。
いくら震えない事実があっても私はこの子の名前すら知らないし。
ただ不思議と懐かしい感じはするけど。
「ご、ごめんなさい。私そういうのはわからなくて」
「………へぇ」
「ひっ」
私は苦笑いで答えるけど返ってくるのは低い声。何かに喰われるような錯覚に陥ったがそれは一瞬だった。
「はぁーーーーー。やっぱり私の愛が解けつつあるね。そりゃ10年以上も経てば魅了も薄れるか。本当はあの時どさくさに紛れて魅了を掛け直そうと思ったのに、遭遇したのは妹だしさ。お陰様で近くに居た鬼女にボコボコにされて捕まったし」
「ちょ、ちょっと?」
「脱獄したのは良いけれどそのせいで妖力減ったし、おまけに顔を知られているから身体を子供にせざるを得なくなったし」
急に早口になったんだけどこの子。透明感のある声なのに不穏な単語が出てきたんだけど。
加えてお腹に回されている手にどんどん力を込めてくるので苦しい。
「そしたらいつの間にかあの鬼女を嫁にもらってるし……」
これは危ないかもしれない。私は身体を捻って子供の腕から離れようとする。
「でも頑張ったんだよ?沢山の妖具を改造してやっと完成したの。小春を感じれるからわざわざお店にも通ったし」
「さっきから何言って……むぐっ!」
すると子供の手が私の口元に伸びてきて指先を入れられる。
そして何かを確かめるように犬歯部分を撫でられた。
「歯はまだ鋭くないね。じゃあ額は?」
次に片方の手をおでこへ伸ばして優しく擦る。身長が足りないのか背中には重みがのし掛かった。
「変異無し。まだ人間だね。でもフェロモンは微かに出てきている。鬼の香りがするよ」
「ひゃめて…!」
私は口の中に入っていた指が抜けた瞬間、肘で九尾の子供を押す。
そうすれば身長差のお陰で何なく離れることが出来た。
「雅さん!雅さんどこですか!?」
「他の女の名前出すの?私がここに居るのに?」
「こ、来ないでください!」
「本当に愛が解けかけているんだね。もっと真剣に妖具の改造進めれば良かった」
雅さんの名前を呼ぶがやはり返事は無い。霧は晴れるどころか濃さを増している。
私は対面するように九尾の子供に身体を向けて後ろ足で距離を取った。
「……あの鬼女が好きなの?」
「え?」
「小春は忘れているかもしれないけど、私はずっと小春が欲しかったんだよ」
「さっきからわからないんです。急にこんな所に連れて来られて、口に指入れられるし…。それに」
「それに?」
「貴方も妖怪なのに身体が拒否しないのが嫌なんです」
「嫌?どうして?拒否しないのは私達の相性が良いってことじゃん」
私は強く唇に力を入れる。この子が言っていることは何も知らない。
勝手に暴走して勝手に夢を見ているように思える。順序よく話してくれないから頭は混乱しっぱなしだ。
それでもハッキリと言える嫌な理由。
「私は雅さんの前でこうありたかった」
「は?」
「っ……だから雅さんには震えて、何も思ってない貴方の前では震えないのが嫌なんです!」
九尾の子供が低い声を出すたびに私の身体はビクッと反応する。
まるでこれ以上拒絶しないでと縋るように。でもそんなの心では思ってない。
「お願いします。ここから出してください。夢なら覚めてください」
「……」
「雅さん、絶対心配しているから」
子供から表情が消える。それでも私は目を合わせて睨みつけた。
「随分と絆されたんだね」
何よりも低く、冷たく放たれた言葉と同時に私の頬には痛みが走る。
「私は小春が欲しい。もう時間も無いから大人しくして」
叩かれたのだと自覚したのは九尾の子供に押し倒された数秒後だった。
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