7章 鬼と九尾からの愛

《自分のことを自分が1番知らない》小春視点

第41話 鬼嫁さんとお詣り

 雅さんに伝えたいことがあった。


 でも伝えようとしたら頭が真っ白になり言葉を忘れ、終いには私を包み込むような恐怖が湧き上がった。

 こんな感じは初めてだ。


 まるで何かに“それ以上言うな”と言われているみたいで、思い出しただけでゾクリとする。


「…春…様。……小春様」

「あっ、はい」

「何か感じましたか?それとも暑さにやられてしまいました?」


 隣を歩く雅さんの声にハッとして我に返る。私は心配させないように首を横に振った。


「大丈夫ですよ。ちょっと考え事してました」

「そうですか…」


 何かを言いたげな雅さん。しかし私は無視して前を向く。


 ここは神楽雑貨店近くの神社。

 比較的大きめの神社で、もう少しで夏祭りが開催される予定だ。


 私も中学生までは毎年行っていた。今は行く相手が居ないから行かないけど。


「木が沢山生えているから思ったより涼しいですね」

「ええ。小春様の熱中症予防に色々と持って来たのですが必要ありませんでした」


 だから肩にかけているバッグが膨らんでいるのか。本当に私の許嫁は用意周到で心強い。


「あれ、雅さん?そっちに行くんですか?」

「はい。この奥に別の社があるのです」


 雅さんは目の前に拝殿があるのにも関わらず別の道へ歩く。


 森の中にある神社だけど、この先は行ったことがない。むしろこっち側は行くなと止められていた記憶がある。


「ふふっ。眉が下がってますよ。不安ですか?」

「こっち側は行ったことなくて」

「ご安心ください。妖怪達の間ではこちらの方を使うことが多いので」

「そ、そうなんですか?えっじゃあ…」

「今は妖怪の気配はしないので誰も居ませんよ。もし途中で誰か来たら私がなんとかします」

「ありがとうございます…」


 他の妖怪との遭遇にビビる私を雅さんは小さく笑う。

 それでも愛おしそうに見る視線は変わらなかった。最近、こういった視線が多い気がする。


「……効果ありますかね?」

「例え大きな効果は出なくとも無いということはありません。大丈夫です。私が付いています」


 雅さんの言葉に私は小さく首を縦に振る。

 そして夏祭りの準備が着々と行われている神社を後にして森の奥へ入って行った。


「小春様。ここでは何か感じますか?」

「特には…」

「体調に問題はありませんか?」

「それも無いです」


 私がそう答えると雅さんの表情は少し曇る。何か間違えたことを言ってしまったのだろうか。


 しかし雅さんの顔はすぐに戻って私の歩幅に合わせて歩いてくれる。

 そうすれば少し進んだ先に鳥居が見えた。


「この先にあるんですか?」

「はい。足元に気をつけてください」

「意外と綺麗な鳥居ですね。ちゃんと手入れしているんだ…」

「鳥居?」


 雅さんは驚いたような声を出して足を止める。対して私は何も思うことなくそのまま鳥居を潜った。


「小春様!お待ちください!」

「雅さん?」


 すると次の瞬間、激しい眩暈に襲われる。黒と白の点々が雅さんの姿を掻き消した。


「あれ…」


 数秒後には周辺から良い香りがしていることに気付く。

 私は抵抗という選択を忘れたかのようにゆっくり意識を失った。

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