鬼が嫁入り 〜妖怪嫌いが鬼族の許嫁と幸せになる話〜

雪村

1章 鬼嫁さんと仲直り間接キス

第1話 妖怪嫌いと鬼族の許嫁

 私は今日もビビりながら我が家に帰宅する。セキュリティが万全で外観も内装も綺麗な高級マンション。


 左手で自分の制服を握って右手で玄関を開ければその人は待っていた。


「おかえりなさいませ。小春こはる様」

「た、ただいまです。みやび様……」

「私に様は付けなくて結構です。夕食は既に出来てますよ」


 艶のある長い黒髪。肌荒れが見つからない真っ白な肌に凛とした表情。

 大人な見た目で誰もがドキッとする容姿だろう。


 しかし私はこの女、雅さんの正体を知っている。


「っ、くしゅ!」

「ひゃあ!」

「失礼しました」


 雅さんがくしゃみをした瞬間、彼女のおでこには2本のツノが出現する。


 私は震えながら見ているとツノに気付いたのか雅さんは両手を当てた。


「気を抜いたり衝撃があったりするとつい出てきてしまいます。怖がらせてしまい申し訳ありません」

「いえ…」


 ツノはおでこへ埋め込まれるように消えていく。そう、雅さんは人間では無かった。


「小春様を怯えさせてしまうとは許嫁失格ですね。今後はより気を引き締めていきます」

「あっ、いえ、その」

「では夕飯にしましょう。今日のメニューは鯖の味噌煮となめこの味噌汁。そして筍の煮物、白米です」


 私、神楽小春かぐら こはるはどこにでも居る普通の高校2年生だった。


 ひと足先に台所へ向かい準備をする女性……鬼族の雅さんと許嫁の関係になるまでは。



ーーーーーー



 神楽家は普通じゃなかった。

 先祖代々続く妖怪専門の雑貨屋を営んでおり、私は物心ついた時から妖怪という存在を知っていた。


 でも一般的には妖怪なんておとぎ話の空想だと思われている。

 しかしちゃんと妖怪は存在するのだ。


「小春様、朝ですよ」

「んぅ」

「このまま寝過ごすと学校に遅れてしまいます。二度寝なら5分以内に…」

「…っ、みっ!雅さん!?」

「おはようございます小春様。今日の天気は快晴。気温は22℃と過ごしやすい暖かさです」

「そうですか。どうも…」

「朝食は既に出来てますよ」

「今行きます」


 私は小さい頃から妖怪を見てきた。でも妖怪を怖い存在と認識している。

 それはどの種族でも同じだ。


 家族のみんなは私のそんな感性に笑うけど、私からすればみんながおかしい。

 人と似ている妖怪でも怖いものは怖いのだ。


「小春様。今日は何時頃の帰宅になりますか?」

「ええっと……いつもの時間です」

「了解しました」


 雅さんは失礼なくらいに怖がる私を怒らない。それどころか妖怪としての怖さを無くそうと頑張ってくれている。


 いくら許嫁でもそこまでしなくて良いのだが…。


 そんなことを思っているといつの間にか登校の時間だ。

 私は素早く準備をして玄関へと向かう。後ろでは当然雅さんが着いてきた。


「毎日見送りしなくても大丈夫ですよ」

「いいえ。母からの言いつけなので」

「そ、そうですか」

「はい。それに見送りをしないとアレが出来ないじゃないですか」

「うっ」

「小春様……どうぞ」


 雅さんは軽く腕を広げて私を受け入れようとする。


 これは一緒に暮らし始めてから恒例になった見送りハグチャレンジだ。

 やり方は簡単。私が単純に抱きつけば良い。


 しかし


「今日もダメそうですか?」

「……ごめんなさい」

「謝ることはありません」


 私達が同棲し始めて1ヶ月。出会いを含めれば17年だ。

 それでも私は未だに雅さんを恐ろしい存在として見てしまう。


「小春様、気にしないでください。また明日もありますので」

「はい…」

「それではいってらっしゃいませ」

「ごめんなさい。行ってきます」


 気まずい雰囲気が流れ始めて私は俯きがちに家から出ていく。

 今日も出来なかった。


「雅さん、ごめんなさい…」


 私だってこんなことしたくてしているわけじゃないのに。

 情けない自分に沈んで通学路をトボトボと歩いていると後ろから誰かに呼ばれる。


「お姉ちゃーーん!」

「えっ、ちょっ待っ…!」


 朝から元気過ぎる声の主は気付けば真後ろにいて私にタックルを仕掛けてくる。


 一瞬クラっとしたが、相手に悪意は無いので怒鳴ることは出来ない。


「おはよう!お姉ちゃん!」

桜花おうかおはよう」


 私は登校中なのにも関わらず、振り返って1つ下の妹である桜花をハグで受け入れた。


「ねぇねぇどうだった?今日は雅お姉ちゃんとハグ出来た?」

「…………」

「雅お姉ちゃんとハグしてないならあたしとハグしないで」


 急にスンっとなった桜花は私を引き剥がすと呆れたような声になる。そっちからしてきたくせに。


「あーあ。あたしが雅お姉ちゃんと許嫁になれれば良かったのに。雅お姉ちゃん可哀想」

「うぅ…」

「その妖怪嫌いを早く克服しなよ。見送りハグチャレンジなんて低い段差登るのと同じレベルでしょ」


 桜花の刺々しい言葉が私の心に刺さる。

 その全部が正論なので言い返すことも出来ずに私は学校へと歩き出した。


「お姉ちゃんがそのままなら、あたしが雅お姉ちゃん貰っちゃうよ?」

「それは……ちょっと嫌かも」

「想いと行動が矛盾してるんようちの姉」


 確かにそれは私も思った。

 何も言えない私は黙りながら歩いていると頬を横から引っ張られる。


「ひゃに?」

「放課後、雅お姉ちゃんの所に行きたい!っていうか行く!連絡しといて!」

「えっ?急に?」

「今に始まったことじゃないじゃん。おもてなしとかいらないってのも伝えてね。雅お姉ちゃんしっかりしているから色んなもの準備しそう」

「わ、わかった」


 桜花は私と違って妖怪を怖いと思わない。だからお店の常連である雅さんやその家族とも仲が良かった。


 だからこそ何で雅さんの許嫁が私なのかと思ってしまう。

 もし桜花が相手だったら雅さんも幸せだったかもしれないのに……。


「うぅう」

「出たよ。神楽家名物小春唸り」


 急にモヤモヤし始めた私は桜花を無視して唸る。学校はもう目の前にあった。



ーーーーーー



読んで頂きありがとうございます!

本作は別サイトで完結していますので安心して読んで頂ければと思います!


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